第八十九話 警官の魂(8)
「何かよくわからん」
今度はフランツが首を傾げる番だ。
「そりゃ私ちゃんの専門外ですから。頭の片隅に留めていたことを引っ張り出しただけです」
「幽霊は自分が死んで霊になって何の未練を持っているかを理解することができるけど、魂はそうじゃない死んだことすらわからず、たださまよっている存在ってことですよ。こんなことも常識ですよ、それをバカ女はわからないとか、ありえない」
オドラデクは貪り喰っていた肉をごっくんして、唇を尖らせながら言った。
「ご教示くださって幸いです。さすがオドラデクさんは……失礼、これ以上言ってはいけませんね」
オドラデクはより霊的なものに近い存在だ。
それを知らないステファン夫妻に伝えてしまっては騒ぎになりかねないので、メアリーは控えたのだろう。
「何だとお! この、バカ女! ぼくを小馬鹿にしてくれちゃって、むきいい! うもおおお!」
そういう空気を読めないオドラデクは足をバタバタ動かせた。
「喧嘩しちゃいけないよ」
カーリンは苦笑する。
「すまん。いつもこんな感じなんだ。気にしないでくれ」
フランツは謝った。
そして、立ち上がった。
「おいオドラデク、少し外に出て頭を冷やそう」
オドラデクの手を曳いて、フランツは外へと歩いていく。
「あはん、フランツさん手を握ってくれるんですねぇ。ぼくうれしい!」
すぐ感情が移り変わるのがオドラデクの良いところでもあり悪いところでもある。
「お前と少し話をしたく思ってな」
「え? なになに? 愛の告白ですか? えっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って! ぼく心の準備が……」
オドラデクはもじもじし始めた。
廊下に出て、さらに店の外へと出る。
人のいないがらんとした街路が広がっていた。
「いや、違う。お前は霊を見れるのか? それが訊きたく思ってな。ステファンたちにはお前やファキイルが超自然的な存在だと知らせたくない。獣人ぐらいだったら別に驚かれないかもしれないが、さすがにお前らには怯えるかもしれない。ファキイルは物静かだから問題ないが、お前は喋りすぎる」
「え、でもフランツさん。妖精見れていたじゃないですか。ヴィトカツイで、あのえーと、なんだっけな、カミーユ・ボレルとか言う人と戦ってたとき」
オドラデクはその時元々同郷らしいグラフスと組んずほぐれつの大乱闘をしていたはずだがちゃんとフランツのことも観察していたらしい。
「妖精? ああ、あの三本指のジャックとかいうやつか。あれは普通は見れないのか?」
「見れる人は限られると思われますよ。少なくともフランツさんとあのバカ女は見れていた。でも見られない人もいる。妖精ってのは霊ともまた違ってなかなかやっかいな存在なんですよねえ」
「妖精の話は今はいい。霊を見れるかどうかってことだ」
「見れますけどね、普通に。フランツさんも見れると思いますよ。ほらほら、あそこに歩いているじゃないですか? 見れますか。あの人、霊ですよ」
オドラデクは街路を指差した。
赤髭の男が猫背になって、街路をフラフラと酒に酔ったように歩いている。
――あれがアルブレヒトなのか?
フランツは考えた。




