第八十九話 警官の魂(7)
「まあ、そう言う奴もいたってことで名前だけでも覚えていてくれ」
ステファンは話を終えようとした。
「そういえば最近アルブレヒトさんに会ったことがあるって人がいたね……恐ろしい話だけど」
カーリンが震えながら言った。
「ああ、その話は……」
ステファンは口ごもった。怪奇な話には関心がないのだ。ルナと性格が合わないのはそういう理由もあるだろう。
「霊が出たって言うのか?」
ルナはよく幽霊にまつわる話を集めていた。
フランツも何度か聞かされたことがある。あまりフランツは幽霊が好きではない。
「怖いの? え、もしかして、フランツ怖いの?」
ルナはニマニマ笑って煽ってきたものだ。
「怖くない」
フランツはそう答えたが実は怖かった。
幽霊より怖い現実など幾らでも見てきたはずなのに、いまだに幽霊は好きになれない。
暗闇を歩いていて眼の前に突然現れたらと考えたらゾッとする。
斬っても突いてもビクともしない。遭遇したら全速力で逃げるだろう。
「霊にも色んなやつがいてね。そこは人間と変わりない。恐れることはないよ。そいつ――って言っておこうかな――が何を望んでいるか訊いて叶えてあげればいい。別に命を取ろうなんて多くは思っちゃいないさ」
――お前は鼠をあれほど恐がるだろ、鼠だって違いはあるんだから全てを恐れる必要ない。
と、今のフランツなら言い返せだろう。でも、当時はただ素直に訊くのみだった。
しかし、霊にもさまざまな性格があるというのはそうかも知れないと思う。
何しろ、元は人間だ。
動物霊もいるとは言うがその話は置いておこう。
フランツの父母ももしかしたら霊になっているかも知れない。
――いや。
父の場合、あのような惨い殺され方をして、とてもではないが霊になっているとは思われない。理不尽で、遺骸まで残らずドロドロに溶かされて、灰にされて。
そして、その理不尽な死を父に与えたのは紛うことないルナ・ペルッツなのだ。
フランツは不思議な気持ちになる。
憎んでみた。あのビビッシェ・ベーハイムの冷ややかな笑みと、ルナの顔を重ねてみた。
だが、とてもじゃないが重ならない。
憎しみの感情は止まってしまう。
――考えてしまっては切りがない。ここらで止めにしないと。
「幽霊よりももっと純粋な存在かも知れませんね――魂がこの世に残っているのかも知れませんね」
メアリーがぽつりと言った。
「オリファントでは、お前らの間ではそんな考え方をするのか? 一神教だろ?」
フランツは言った。もちろんフランツも一神教だ。だがメアリーとは少し宗派が違うはずだ。
ルナに話を訊くまでフランツは幽霊について詳しく考えたこともなかった。ましてや魂はなおさらだ。
「ええ、一神教ですが、我々がオリファントにやってくる以前の伝承がいろいろ残っているんですよ。満たされない魂はこの世さまようとか、ね」
「霊と魂はどう違うんだ」
「難しいですね。でも幽霊っってのはより、自覚的な意志を持ってその場にいる存在で、魂ってのは何となくその場にいてしまっている存在、かも知れません」
メアリーは首を傾げながら言った。




