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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十九話 警官の魂(4)

 シエラフィータは流浪の民族だから互いの結び付きが強い。


 友達の友達は皆友達とでも言ったような雰囲気がある。


 当然ルナもステファンとは知り合いだった。


 だが、正直ステファンはルナのことを良く思っていないようだ。


 確か、この家で起こったことだと記憶している。


 フランツがステファンを紹介したわけではなく、お互いに面識はあったようだったがいつ二人が知り合ったのかは記憶がはっきりしない。


 当時はまだ戦後二年も経っておらず、ルナが『第一綺譚集』を上梓したばかりの頃だったはずだ。


 その日もステファンがカーリンに料理を作らせて自慢していたら、ルナが辛辣なことを言ったのだ。


「いつも、いつもあなたはカーリンさんに作らせるんですね」


 かなり直球な質問だったように思う。


 当時はルナもまだ若かった。


 今ならより糖衣に包む努力をするだろうし、そもそも男が料理を作らないことに対してとやかく責め立てたりはしないだろう。


 たぶん。


 だが、その質問はステファンの機嫌を悪くした。結婚前も戦前も戦中も戦後もカーリンはずっとステファンに料理を作り続けてきたというし、今も作っている。


 ほとんどの家ではそうだろうし、フランツの幼いときの記憶でも母親がやはり作っていた。


 当時のルナの思い付きのほうが異常なものに思われたのは事実だ。


  ルナは自分で料理を作らない人だ。


 フランツの方が上手いぐらいで、何度かご馳走してやったこともある。


 それでも幼い頃から女の子は料理は作りなさいと周りから言われ続け、厭な気分になったのだとよくこぼしていた。


「全然向いていないのにね」


 そう言う怒りが自然と口をいて出てしまったのだろう。


 一気に周りが冷え込んだ。カーリンもカーリンで好きで料理を作っているから、ルナを冷たい眼で見ていたし、自分の妻を貶されたと解釈したステファンもルナを睨んでいた。


 ルナにはこう言うところがある。好かれる人にはとても好かれるが嫌われる人にはとても嫌われる。


 そこがまたフランツがルナを好きなところでもあった。


 だが、ルナが仇敵だと判明した今、その態度は改めなければならないのかも知れない。


 年毎にルナはより穏やかにより韜晦した態度を示すようになった。もちろん、昔からそう言う側面はあったが、むかしよりより一層


「あんまりよくない噂を耳にした。劇作家の有名な――俺はあんまり本をよまねえから知らんがよ――先生の死に関わってるんじゃないかと」


 ステファンの続けざまの言葉が、フランツの黙想を破った。


「なんだって!」


 初耳の情報だった。劇作家と言えば、最近ヒルデガルトのリヒテンシュタットなる人物が怪死を遂げたという話はどこかで耳にした覚えがある。


「それだけじゃねえ。根も葉もねえような話ならもっと……」


 ステファンは口ごもる。ステファンは根が善良だ。


 ルナをよく思っていないとしても根拠ない噂の類いを吹聴するのはよくないと考えたらしい。


「変わった子だったね」


 と応じるカーリンの表情も暗い。運んできたターフェルシュピッツは湯気とともに良い匂いを放っていた。


「お二方と、マドモアゼル・ペルッツはお知り合いなんですか?」


 メアリーが訊いた。


 さすが、勘が鋭い。

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