第八十九話 警官の魂(2)
「お嬢ちゃん、トゥールーズの生まれか? それは嬉しいなあ。俺も向こうから来たんだ。二十歳の時に離れて以来ずっと帰ってねえがよ」
ステファンは上機嫌になっていた。
「ええ。ヘルキュールの生まれです」
メアリーは堂々と嘘を吐いた。
「都会っ子だな。俺は南部の生まれだからヘルキュールは一度通っただけだ。花の都なのになあ。収容所帰りにでもよればよかったと思ってるぜ」
ステファンの言葉はトゥールーズ南部の訛りがある。
メアリーは素早くそれを見抜いたのだろう。
――相手の懐に入り込む術も心得ているな。
「へん、オヤジ転がしがっ」
オドラデクは小声で毒づいていた。
「お前ら昼飯はまだか? せっかくだから振る舞ってやろうと思っているんだが」
「いや、俺は車を直して貰いたいだけで……」
フランツは躊躇した。ステファンに悪いと思ったからだ。
「昼飯まだですよっ! さっそく頂きましょう頂きましょう!」
オドラデクが騒ぎ出す。挙げ句の果てに車を降りてホップ・ステップ・ジャンプし始めた。
「私もお腹が空いてます。ぜひ、頂きましょう」
メアリーが和した。
言われてみればばそうだ。車を飛ばし続けたフランツたちは二日間ほとんど何も口にしていない。
残っていた食糧があったがメアリーは身体の弱っているニコラスに与えるべきだと主張し、フランツも同意した。
ニコラスはあからさまにメアリーを警戒している。
だから食べ物もあまり断ろうとしてきたが、フランツは俺も食べたからと強く説得して無理に食べさせた。
――好意に甘えるか。
「お前はどうする、ファキイル?」
フランツは車内に声を掛けた。
「我はどちらでもいい」
静かに黙っていたファキイルが答えた。
「俺はもう食ったからいいよ」
ニコラスは控えめに断ろうとした。
「いや、お前は本調子じゃない。ちゃんと栄養をとらないと」
フランツは渋るニコラスを車の外へと出した。
「こちらは私の妹です」
マリーことメアリーはファキイルを指差して短く言った。
「よし、じゃあ俺に尾いてこい」
ステファンは店のなかへ案内した。
フランツたちもその後を追う。
大きなテーブルが用意されているのは、ステファンが持てなしが大好きだからだ。毎日のように誰かを呼んでは呑めや歌えを繰り返していた。
「おーい、カーリン。昼飯の用意を頼む! 大人数だ!」
ステファンが台所へ叫ぶ。
「言われなくてもわかってますよ」
陽気な声が答える。
カーリンはステファンの妻だ。フランツも当然知り合いだった。
他に二人の子供がいたが長男は収容所で死に、次男はオルランドを離れて暮らしていた。
「今日は特別だぞ! フランツが来やがったんだ」
「フランツ! ほんとですか!」
既に白髪も混じり始めたカーリンが台所から姿を現した。
フランツは急いで近付いて抱き合った。
「本当に久しぶりだな」
父母を早くに亡くしたフランツは心なしかステファン夫婦に両親の影を見ていた。
べったりするのは恥ずかしいから、たまに顔を見せるだけにしていたのだが……。
「大丈夫? 身体を壊したりしていない?」
「大丈夫だ。それより仲間で少し体調の悪いやつがいる」
フランツはつい口を滑らせた。




