第八十九話 警官の魂(1)
――オルランド公国ミュノーナ
やはり、車は人類最大の発明だ。
二日も経たずにヴィトカツイからネルダを抜けてオルランド公国へ帰着出来るのだから。
とは言え、スワスティカ猟人フランツ・シュルツの故郷はオルランドではない。
生まれはカザック自治領、現在は戦後に建国されたシエラレオーネの国民ということになっている。
フランツは空いている道を選び、偽造した身分証で検問を擦り抜けながらぐんぐん進んだ。
だから、ここまで早く辿り付けたのだ。
――俺の運転が上手いからに違いない。
少しばかりうぬぼれてしまいそうになる。
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツ一行より早くに着いてしまうことになったに違いない。
道中、フランツはガヤガヤと賑やかな会話に包まれながら進んだ。その多くはろくでもないものだし、記録されるようなものではなかった
だが、フランツは楽しかった。もちろん運転に専念しなければならないからほとんどは聞き役に回っていたが、オドラデクのしゃべくりは延々と続いた。
処刑人メアリー・ストレイチーは切れ味よく返し、ウィットに富んだ返事をする。
さすがはオリファント生まれだ。
同じく猟人のニコラス・スモレットはぐったりとしていたが少し体調が良くなったようで、会話に参加することも増えていた。
「フランツさぁん、フランツさぁん」
オドラデクが猫撫で声で呼びかけてくる。
「運転中だ」
「もうミュノーナじゃないですか。車を停めて歩きましょうよ。こんな狭い車にずっと閉じこめられて、クタクタですよ」
先日銃撃を受け、フロントガラスを破損した車だ。
修理したいとは思っているのだが、知り合いの店でないと安心出来ない。
そして、ミュノーナには腕の良い修理工の知り合いがいる。
――確かにオドラデクの言う通りだ。
フランツはここでしばらく休むことにした。
車は街の北側を走る通りの大きめの車庫に停まった。
「おう、フランツじゃねえか。もう何年ぶりだ」
髭モジャのオヤジが店のなかから顔を出す。
その顔を見たとたん、フランツはとても懐かしい感情に満たされた。
「五年はなるかな、ステファン」
ステファンはシエラフィータ族でフランツの収容所仲間だ。父親が殺された後は親代わりになっていろいろ世話を焼いてくれた。
戦後も何度か会ったことがあり、自動車修理工ということは知っていた。近所でも評判だった。
当時、フランツは車を持っていなかったので、特別修理をお願いすることもなかった。
「なんだ、ずいぶん大層なお連れさんがいるな。おい、綺麗な娘さんを連れてるじゃねえか。フランツお前の彼女か?」
「違う」
フランツは頬が熱くなるのを感じた。
女連れで年配の男と合うと挨拶のようにそう訊かれるものだ。
「初めまして。私はマリーです。シュルツさんとは友達です」
車から降りていたメアリーはものの見事にトゥールズ訛のオルランド語で話した。
「ぼくもフランツさんのマブダチですよ! いぇい!」
オドラデクは訊かれてもいないのに車窓から親指を突き出して元気よく叫んだ。




