第八十八話 殺人淫楽(5)
「ならあたしのほうが殺し慣れてるね。年齢も上だし、お姉ちゃん? なんか嬉しい姉妹分が出来るのは」
デジレは楽しそうだ。
「あはははは、それはいいですね」
カミーユは愛想笑いした。
独身男だ、大した食べ物は家に用意していなかったのだろう。新しそうな乾パンが幾つか見つかっただけで、他には特になかった。
「じゃあこれで、ちょっとしたお茶会でもしますか」
デジレが言う。
「はい」
カミーユは答えた。面倒くさい会話がまた続くとなると正直嫌だったが、デジレという人間自身には興味がある。
ジムプリチウスの『告げ口心臓』を与えるという可能性もありえた。なんらかのかたちで協力出来るかも知れない。
二人は再び椅子に坐り、とても小さなお茶会を始めた。
「ボレル家ってどんなところ? 凄い怖いところだって噂だけど」
デジレが先陣を切った。
「怖いところというか私の記憶だと厳しいところです。祖母――ジャンヌ・ボレル――から色々教えられて……」
「ああ、その人の名前も訊いた。戦争中何度も新聞に出てたよ」
「はい、有名だと思います。でも、私なんかがどうしてあの祖母から選ばれたのかな、って思ってしまいます。そりゃ確かに血は繋がってますけど、他のところからもっと適切に教育された人間を養子にでもとれば……って思っちゃうことが多くて」
「なんだい、えらく自信がないね」
デジレは笑ったようだった。
赤い炎が燃えさかっている。
「ええ、私なんて全然ポンコツで。だいたい処刑人向けの性格じゃないんです。決まった人を決められた方法で殺めるなんてとても出来なくて」
カミーユは項垂れながら言った。もちろん、ただ項垂れた訳ではなく、机の上に置かれたデジレの手を見て何か仕掛けてこないか探ったのだ。
「あはははははは、何だい処刑人が情けないねえ」
「でも、私も得意なことがあります。それは決して負けないことです」
カミーユは顔を上げて言った。
「決して負けない? どういう意味?」
「これまで私は殺そうと思った相手を確実に殺してきました。心から殺したいと思ったら簡単に殺せるんです。戦うことになっても殺せました。もちろん、殺す気がなければ逃がしちゃうんですけどね。つい先日も悪い癖が出て………だから処刑人には向いていない。私は職人気質じゃなく気まぐれなんです」
「ず、ずいぶん大言壮語するんだね」
赤い炎のなかに一瞬青いものが混じった。少しデジレは怯んだようだ。
「大言壮語じゃないです。ありのままの私ってだけです。お祖母ちゃんには強制されましたよ。で、仕方なく殺す気もないいやいや人を殺すこともあった。でも我慢出来なくなった。だから家を飛び出したんです」
カミーユは紅茶をすすり乾パンを取って囓った。
とても塩辛い。だが今の気分にはぴったりだった。
「あ、あたしも自分が殺したくない相手を殺すなんて嫌だよ。狙った相手は百発百中じゃないけど殺せてきた。だから今もちょっとは裕福な暮らしが出来てる。旅費が尽きないぐらいにはね」
「それじゃあ仲間じゃないですか。良かった。そう言えばあなたのこれまでの人生を訊かせてくださいませんか? 私、人のお話を訊くのが趣味なんです。そしたら願いを三つ叶えて差しあげますよ」
カミーユはまたトランプを繰り始めた。
「な、なんだよそれ、童話みたいじゃん? でも訊きたいなら話すけどさ」
赤い炎のなかにまた一層青みが差した。




