第八十八話 殺人淫楽(4)
実はそれなりには嬉しかった。故郷を離れた場所で同じ言語を使う者と会えたのだから。
カミーユは部屋から離れてしばらく歩きながらトランプを繰り始めていた。
もちろんデジレが攻撃を仕掛けてくるようならすぐに殺すつもりだった。
「終わったよ」
まとめていた髪を解きながら、デジレは言った。
先ほどは下着のままだったが、派手な服に着替えている。
処理をよほど心得ているのか、血が付かないように工夫したのか、それとも、着替えを用意してきたか、ほとばしった男の血痕は少しもなかった。
「じゃあ行きましょう。あなたからお先に」
カミーユはそう言ってデジレを急かした。
「何もしないよ」
そう言いながらデジレは下りていった。
カミーユは人の表情があまりよく理解できない。
だから炎の揺らぎを見るのだが、デジレの場合燃えるような赤だ。
決して怯えてはいないことがわかる。むしろよほど興奮していると見えた。
「あなたみたいな人には会ったことないですよ。殺した後にそこまで元気な人にはね」
「そうだね。あたしは殺しが好きなんだ。殺すと……何と言うか……興奮する」
「興奮?」
カミーユは首を傾げた。
「そうだよ……まだあんたには早いかも知れないね。殺しをするとまあ……性的に興奮する、そういうたちの人間がこの世のなかにはいるんだよ」
「あ、近い人知ってます」
カミーユはルナ・ペルッツのことを思い出していた。言葉にしてみれば確かに殺しをしてと死を見ての違いはあるが、ルナとデジレのベクトルは極めて近い。
しかし、ルナとデジレを同じと考えるには何かとても引っかかる要素があった。
それが何かカミーユは上手く言葉にすることが出来ない。
ささいなものだった。だがそれは決定的な気がする。
階段を下りきった。
二人は先ほどの壊れかけた椅子に坐った。
「ほんと貧乏な男だね。なけなしの顔を握り締めてあたしに殺されにくるなんて」
馬鹿にしたような笑みを浮かべて、デジレは立ち上がった。
そのまま調理場へと向かう。ポットを探しているようだ。
「あ、わたしも手伝います」
本来は手伝いたくないのだが、このあたりはもう一つの人格の真似をした。
無理にでも合わせた方が良い場面は生きている限り耐えないものだ。
「あんたは何でこんな辺鄙な街に」
デジレは訊いた。
「辺鄙なんですか? ずいぶん賑やかですよ」
会話する疲労を感じながらカミーユは言った。
「祭りの間だけだよ。終わればまた静かになる。世間からは取り残されたような場所だ。だから殺りやすいんだけどね。死骸の片付けはやるけど、またここを離れる予定だ」
デジレは紅茶の袋を見つけ出しながら言った。
「何人ぐらい殺したんですか?」
「あんたはこれまで食べたパンの数を言えるの?」
「言えないですね。まあ一日一枚三食として、私の年齢が十八だから、三百六十五日×三食ぐらいですかね」
カミーユは指を折りながら答えた。
「あははははは、変なやつだね」
「私は大したことないですよ。殺しを再開したのは極めて最近ですから」
カミーユは言った。
「最近? それまで何やってたんだ?」
「大人しくしてました。ただ殺さなきゃならなかった場合もありましたけど、二人……いえ、三人だけです」
カミーユはもう一つの人格を表に出していた間の記憶を手繰り寄せながら言った。表の人格もパヴィッチでスワスティカの残党を葬っている。
それを加算したのだ。




