第八十七話 酒宴(8)
「そうだね。ルナはなんでも持って生まれてる。人から愛される才能も」
大蟻喰がいつの間にか屋内に入ってきていた。
基本的に大蟻喰はルナが大好きだが、たまにこう言う場合に言ってはどこになるかも知れない言葉を囁く。
「誰からも愛されない人たちはいる。お金がない人たちもいる。たぶんわたしはそういう人たちを理解できない」
ルナは声を震わせて言った。
「理解してあげる必要はないじゃないか。キミのような才能を持った者はこの世界に一人だけ。ボクが本当に食べたいと思うのも一人だけ。他の何者かのように生きることは、そもそもできないのだから」
「今回ばかりはこいつの言ってることが正しい。気にするな」
ズデンカも和した。
「でも……もっと別の方法なら、少しは長生きして貰えたのかなって」
「これがこいつの天命だった。それだけの話だ。さあ、行くぞ。埋めるところを探してやらなきゃな」
ズデンカはヨナーシュの遺骸を担ぎ、歩き出した。
「ボクが食べるよ。そうしたら、わざわざ探さないで済む」
「馬鹿言え。あたしはちゃんと弔ってやりたいんだ。こんなやつに仁義も恩義もなんもないが、さすがに死んだ奴をそのままにしてはおけねえ」
「でもなんか隠した方がいいですよー! この家、庭も何もないですし」
おろおろしながらメルキオールはズデンカの足を伝って肩まで上がってきた。
――そうだった。
ズデンカは困った。ここは街中だし、埋められそうな場所は他には見当たらない。
中部都市で人目を避けて遺体を隠しながら移動するのはなかなか難しい。
「なら……こうすればいい」
ルナは突如床板の家に手を翳した。
すると、深い深い穴がそこには穿たれていた。
「こんなこともできるのか」
「うん。時間が経てば元に戻るけどね。でもヨナーシュさんを葬れば、そのままだと思う」
ルナは答えた。
ズデンカはヨナーシュの身体を穴のなかに横たえた。
「本当は墓石も建ててやりたいんだがな」
ズデンカは穴の中の土を掘り、ヨナーシュの上に入念にかけた。
「作り出すことは出来るけど、長くは続かない」
ルナはあくまでそこを強調していた。
「木材を建ててそこに名前を書いておくことはできるかもね。東洋の人間はそんな墓を作るんだ。まあ食べたことがあるからね」
大蟻喰が言った。
「ならそうするか」
ズデンカは床材を一つ剥ぎ取り、ヨナーシュの遺体が埋まりきったところに建てた。
ルナはインク壺とペンを出現させ、突き出した木の板に「ヨナーシュさんの墓」と書いた。
「いつもの羽ペンは使わないんだな」
「うん、あれは幻想をインクにしないと書けないからね」
ルナは言った。意外とルナには制約が多い、しかしズデンカから見ればルナはどこか自分からその制約を作り出しているようにすら思える時もあった。
「さて、もうここに用はない。すぐにこの街を出るぞ」
ズデンカは歩き出した。
実際逃げ出した二人の乞食もすぐに戻ってくるかも知れない。
遅かれ早かれ、ヨナーシュの遺体は掘り返される。
そしたらルナが容疑者になってしまうかもしれない。




