第八十七話 酒宴(7)
「ブラヴォ! ブラヴォ! 素晴らしい綺譚ですね! ありがとうございました!」
ルナは一息に鴉の羽ペンを走らせて、古びた手帳を閉じた。
「あなたの願いごとはもう決まっていますね。あの酒宴をもう一度楽しみたい、と」
「そうだ」
ヨナーシュは答えた。
「では」
とルナはパイプを取りだして、ゆっくり火を点けて煙を吐いた。
煙がもくもくと部屋中に広がっていく。
やがて、黄金の光があたりを包み始めた。
ヨナーシュの話の通り黄金の人型が幾人も幾人も表れた。
「わたしはあなたの見た幻想を再現しただけに過ぎない。新たに作り出したわけではないのです。ですから、本当に正しいのかはわからない。でも、たぶんきっとあなたにとって、特に問題にならないんじゃないかと思っています」
ルナは優しく言った。
しかし、ヨナーシュはもうルナの話を聞いていなかった。
這いずったまま黄金の神々に近付き、叫び声を上げていたのだ。
「酒をください。もう一度あの酒をください!」
憑かれたような声だった。
「よかろう」
神々は黄金に光る瓶から酒を注ぎ、盃を満たした。
有無を言わずヨナーシュはなみなみと注がれた酒を呑み干した。
「ジュルリ。さぞ、美味しいお酒なんだろうね。わたしも呑んでみたいよ」
ルナは舌舐めずりしながら言った。
「呑むなよ、絶対に呑むなよ」
なぜだからわからないが、ズデンカは嫌な予感がしていた。
「もっと、もっと呑ませてくれ!」
ヨナーシュは言った。
神々は何も言わず酒をまた注いでくれた。ヨナーシュは呑み、注がれてはまた呑みを繰り返した。
「もっと、もっとだ」
腹がふくれてもヨナーシュは呑み続けた。
「あんなに酒を呑んで大丈夫なのか?」
ズデンカは心配になって訊いた。
「大丈夫だよ。所詮幻想さ」
ルナは穏やかに答える。
「ああああああー呑んだ呑んだー」
大きくなった腹を見せて、ヨナーシュはひっくり返っていた。
幻想はゆっくり、ゆっくり消えていく。
「いかがでしたか? 満足して……」
静かにヨナーシュに歩み寄ったルナが突然寂しそうな顔になった。
「何かあったか?」
ズデンカも近付いた。
「お亡くなりになってますね」
突然背嚢から一匹の鼠が走り出して、ヨナーシュの周りを回った。
鼠の三賢者・メルキオールだ。
確かにその通り、ヨナーシュは目を開いたまま死んでいた。腹を見せて、この上ない満足の表情を浮かべて。
「神の酒盛りを見た人間は、寿命が減るとかいわれていましたね」
メルキオールは小声で言った。
悲しげに佇むルナを配慮してだろうか。
「わたしが幻想を見せたから、亡くなるのが早まったのかな」
ルナの声は震えた。
「いや、自然死だ。見ろ、それにこいつ幸せそうな顔してやがるぜ」
ズデンカは即座にヨナーシュに歩み寄ってその瞼を閉じてやった。本当はルナと同じ感想が一瞬浮かんでいたのが、打ち消すように。
「この世界にはさまざまな人がいるけど、生まれつきなんでも持ち合わせている人と、生まれつきなんにもなくて、何をしても何一つえられない人と、どうしてわかれるんだろう? ヨナーシュさんはたぶん……後者だった。それなのに、どうしてこんな幸せな顔で亡くなったんだろう」
ルナは悲しそうに言った。




