第八十七話 酒宴(6)
俺は生まれた時から酒呑みだった。
子供の頃からずっと酒を呑んできた。
両親も呑んだくれで、ことあるごとにつかみ合いの大げんかをしていた。
殴ったり、髪の毛を引き毟ったり。何でもやってきた。
一人っ子だったもんで、当然、その鉾先は俺にも向かった。
でも、二人は酒を呑んでいるときは機嫌が良く、仲むつまじくしていた。俺にも優しかったし、酒を薦めてくれた。
俺はもちろん呑んだ。
こんないいものは世のなかにないなと思った。
男装の姉ちゃんも頷いてくれてるな。
両親の酔いが覚めてまた俺を殴ってくるのが怖かったもんさ。
そんな怖い両親も俺が成人するより前にくたばっちまった。
それ以来家も追い出されたあちこちをさまよう生活だ。
日雇いの仕事をすることもあったが長続きしなかった。
流れ流れて、あちこちを旅する生活。
もう働くことも出来なくなった。そういう人間に対してこの世界は厳しい。
誰も見向きしてくれないし、助けてくれない。
ほとんど全て酒に金を費やしたのに、結局それすら買えなくなった。
酒が呑みたい。とにかく呑みたい。どんな安酒でも良い。
俺は手足を震わせながら森のなかをさまよった。
都会だとどうしても誘惑が多くって困る。間違って危ない連中の持っていた酒を呑んでしまい、半殺しにされかけたこともある。
森のなかならそんなことはないからな。寂しくはあったが、酒を飲めない苦しさのほうが勝った。
すると、幻なのかぷーんと強い酒の匂いが漂ってくるじゃねえか。
死ぬ前に幻を見たりするという話を聞いたことはあったが、匂いがするとは聞いたことはない。
俺は自分がくたばりつつあるのかと疑った。
森の奥にある泉のほうからのようだ。鳥の鳴き声がした。
俺は黄金色の輝きを見た。何かはよくわからなかった。だが人のかたちをしているようだ。
直視できないほど黄金色の輝きを放つ人は次から次に黄金色に輝く瓶を手に持って盃に注いでいた。
酒だ。
黄金色の酒だ。
――きっとこれは神々の酒盛りなのだ。
俺は走り出した。
もう神の怒りに触れて死んでもいい。死んで損になるような命じゃない。
「酒をくれ、酒をくれ」
「酒が欲しいのか?」
神々は意外に穏やかに答えてくれた。
「ああ、欲しい。呑みたい。もう喉が乾いてからからだ。すぐにでもくれ」
神は酒をくれた。盃ごと。
俺は呑み干した。酒は喉をくだっていく。焼けるように熱い。
でもうまかった。
「もっと、もっと」
「飽きるまで呑むがいい」
俺は眠ってしまうまで酒を飲み続けた。
目が覚めると俺は池のほとりにいた。神々はもういなくなっていた。
だが、酒を呑んだ満足感はまだ残っていた。
残り続けた。
一ヶ月、二ヶ月も。
次第に酒が呑みたくなってきたが、もうあの酒盛りに出くわすことはなかった。
死ぬほど酒が呑みたいと思ったことも、あれ以来ない。
ちびちびと飲むようにしている。
だが、もう一度あんな酒盛りに参加してみたいと思う。
それだけが俺の望みだ。俺の人生にはそれ以外にはもう何もない。
さあ、これで十分だろ?




