第八十七話 酒宴(2)
「少しは人目を気にしろ」
ズデンカは耳元で囁く。
「ふにゃあ」
ルナはズデンカの腕のなかで項垂れてしまった。
ズデンカは仕方なくそれを方に担ぎ上げて歩き出した。やはり人目は気になるがこんな状態のルナを歩かせられない。
ルナはうんうん呻き始めた。
「うーん、うーん。お酒……! お酒が呑みたくなっちゃった。そう言えばしばらく呑んでない! 酒ぐらい、いいでしょ? お酒、お酒!」
「本当にダメ人間だな」
「そうだよわたしはダメ人間さ。だからこそお酒が呑みたい! それはステラも同意してくれるよね」
「うんうん、ルナが呑みたいって言うなら呑めよ。ボクは下戸だから呑まないけどね。葉巻のほうが好きかな」
大蟻喰はこくこくと頷いた。
「ボクも酒はいいかな」
とバルトロメウス。
「呑めるのお前だけじゃねえか。そんな酒盛りはごめんだな」
ズデンカは少しからかい気味に言った。ズデンカもまた酒が呑めない。
ジナイーダは呑めるか知らないが、未成年なので訊かないことにした。
「居酒屋はないかなあ。こんな暑い日だからグビッと麦酒を呑み干したいよ! シュワシュワの、シュワシュワの!」
ズデンカに背負われながらルナは口走る。
「昼間に開いてる居酒屋はねえだろ」
都会では昼呑みのために開いている居酒屋もあるようだが、チャペックぐらいの中規模年ではとても見当たらないようだ。何れもぴっちりと扉が閉められていた。
「お酒! お酒!」
ルナは繰り返した。
「いつか死ぬぞ」
人間の知り合いは少ないとは言え、酒で身体を悪くした人間をズデンカは幾人も見てきている。ルナも将来的にそうなるだろうことは予測できた。
「いつ死んでもいいように呑むんだよ!」
ルナはわめいた。
「なんでそんなに酒が好きなんだ?」
ズデンカは訊いた。
「君はわからないか。酔うのがいいんだよ。鬱陶しい気分なんかすぐ吹っ飛んじゃうね。後で吐いちゃったり、まあその日は次の日は二日酔いで頭痛くなったりするけどね」
ルナが孤独だとしたら、酒で紛らわすのもいいかも知れない。
ズデンカは酒を飲んだとして、何ら影響を受けないし、砂のように感じて吐き出してしまうから、まるでその気持ちが理解できないだったが。
「君がお酒を楽しめないのは残念だなあ。何度か酌み交わしたいなあって思ったことあるんだよ」
「酌み交わして何が楽しいって言うんだ」
「楽しいさ。人はしらふの時は皆孤独だけど酌み交わしている間だけはみんな
友達のように思えてくるもんだよ」
「そんなの幻想だ」
「美しき幻想をこそ人は愛して生きているんだよ。まあわたしの場合実体化させられるけどね」
居酒屋は結局見つからなかった。料理店は開いているが、ズデンカは素通りした。呑めるには呑めるだろうが、ルナは居酒屋に生きたいのだろう。
「居酒屋の雰囲気が良いんだよ」
と前語っていたことを思い出す。
これもまた『美しき幻想』なのだろう。ズデンカはあまり理解したくなかったが。
と、ルナが突然鼻をヒクヒクと動かしはじめた。
「ふむ、ふむふむふむ、ふむ、お酒の匂いがする、きつい、お酒の匂いがする……うん、ビールじゃないか!」
――居酒屋はしまってるのになぜだ?
ズデンカはいぶかった。




