表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

960/1238

第八十六話 究極の責め苦(9)

 ズデンカはそう考えてしまう自分の妙に冷静な部分が憎かった。


「何も心配するな。あたしが守ってやる」


 ズデンカはジナイーダを抱きしめ、耳元で囁いた。


「別にボクを警戒する必要は無いじゃないか。一応旅をしてるんだしさ」


 大蟻喰はヘラヘラしながらズデンカに近付いてくる。


 ズデンカは避けた。


「お前はこれまで何をやってきた? 人を殺してばかりだろ」


「それはお互いさまだよ」


 さすがに言い返せない。前も似たやりとりをした覚えすらある。


 だが、大蟻喰は自分の楽しみのために多くの人間を殺してきた。それはよく考えればカミーユ・ボレルと同じだ。


――こう言う輩と旅をするのは本質的に危険だ。


 ズデンカは大蟻喰を睨んだ。


「過去に何をやってこようと、ステラと旅が出来てわたしは楽しいよ」


 ルナは朗らかに笑った。


 すっかり上機嫌になっている。


 ズデンカは安心した。


 何と言ってもルナは暢気だ。あまり苦しいことは考えられないように、根が出来ているのかも知れない。


 しかし、カミーユを明確に拒絶した前の言動とは明らかに矛盾がある。


 大蟻喰もルナの眼の前で多くの人間を殺したことがあった。


 その時、ルナはむしろヘラヘラと笑っていた。


 大蟻喰の件、以外でも多くの血を見てルナは恍惚としていた。


 ルナも旅のなかで色々成長したのかも知れない。でも何か釈然としない重いがズデンカのなかにはあった。


 カミーユの場合、妖精を召喚するトランプを警戒したのかも知れない。あれはスワスティカの技術によって作られたものだと思われた。


――なら、あいつもちょっと話し合ってみれば残ってくれたんじゃないか?


 人の物語をメチャクチャにねじ曲げて、不幸にしてしまう旅がしたいカミーユは許されない存在だろう。


 だが、よく考えればルナもズデンカも大蟻喰も人を裁ける立場にはない。だから、本来なら仲良くしていても不思議ではないのだ。


 たぶん、そのあたりのモヤモヤした感情が集まってもカミーユに対する愚痴を言いたくなっていたのだろう。


 大蟻喰と睨み合うことでその答えが見つかったのは意外だった。


「先へ急ごう」


 バルトロメウスが大蟻喰に声を掛けた。


「仕方ないな。ルナもああ言ってくれてるしね」


 大蟻喰は歩き出した。


 ズデンカは尾いていく。今度はジナイーダの手を曳いて。


 今は尾いていくしかない。


「本当にグラシャボラスさんは究極の責め苦から抜けられたのかな」


 後ろでルナが小さく呟いていた。


「どういうことだ」


 ズデンカは振り返らずに訊いた。


「だってその苦しみは常住坐臥どこにいても訪れてくるんだよ。例え向こうの世界に行ったってそれは続くかも知れない。わたしはちゃんとその願いを叶えてあげられた自信がない」


 ルナの声は掠れていた。


 ズデンカは振り返えれなかった。ルナがどんな顔をしているか見たくなかったからだ。


「変なことを考えるな」


「たぶん、おそらく、きっと、わたしもその究極の責め苦の一端を知っている。これから、その全てを知るかも知れない」


「だとしてもあたしが守ってやる。絶対にお前を守る」


 ズデンカは先ほどと同じように、それを繰り返すしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ