第八十六話 究極の責め苦(5)
「おい待て。さすがに悪魔に向かって話を訊く奴がいるか?」
ズデンカは呆れた。
「わたしは差別なく誰にでも綺譚を訊くよ」
ルナは微笑んだ。
「勝手にしろ。グラシャボラスが話すんならな」
「人間相手なら話していいかも知れない。でも大した話ではない」
「その大したものじゃない綺譚をわたしは知りたいのです」
ルナは答えた。筆が動くと言うことはグラシャボラスの語りには幻想が感じられるのだろう。
――悪魔なのだから、当然のことだが。
グラシャボラスはゆっくりと話し始めていた。
私はこちらの世界にふいに召喚された。とても、愚かな人間に。私はその人間を吹き散らした。反射的な行為で、名前すら訊かなかった。
人間など私にとって取るに足りないものだった。この世界にはあまりに人間が多すぎるから、独り消したところで気にもならなかった。
だが、急に気になり始めたのは一週間ほど経ってからだった。
あの男は、何か私に懇願していた。その言葉がどうやら記憶に残っていたらしい。
「僕は悪魔の力を得たいのです。だからあなたを召喚しました。僕の魂をどうぞ奪ってください。今すぐに、さあさあ」
そうやって顔を青ざめさせ、何度も何度も願ったのだ。
「お願いします。こんなくだらない世界にはいたくない。だから僕を連れ去ってください!」
その顔が、私がすぐさま塵に変えた男の顔が何度も何度も浮かんで離れなくなった。
これは妙だった。今まで私はそのように感じたことなど一度もなかったからだ。
その時からだ。
私は孤独という地獄に落ちたのだ。我々は地獄から来たが、この地獄はその地獄よりも心を蝕むものだった。
究極の責め苦だった。
先日この近くで多くの人間が死んだ。その時、多くの魂が空へ上がってくのを漫然と空を舞っていた私は目にした。
ふいに押し寄せてくる寂しさを、私は感じていた。
だが、なぜその寂しさが訪れるのか私はわからなかった。わからぬまま、あちらこちらを飛び回り、とうとうこの場所に落ち着いた。
そして、孤独という責め苦を受けるようになった。
誰も話すものがいない。それは確かに孤独だ。だが、誰かといても、おそらく私は孤独になるのだ。
ひたすら考えに考えを繰り広げる日々だった。
――人間がもし、私という存在を作り出したのだとしたら?
そんな考えがふと私の元にやってきた。
自然と思い至ったものだ。だから、なんら新味はない。
繰り言のような内容は聞かされたくないだろう?
召喚される以前の記憶はもう曖昧になっていた。お前のことは何となく覚えているがな、モラクス。
孤独は日ごとに深く、深くなっていく。
どこに移動する気も起きなかった。この世界のことを深く知ろうという気すらも。
夜も昼もわからないぐらい、私は責め苛まれていた。
己で、己を責め苛んでいた。
だが、止めることは出来なかったのだ。
ちょうど、誰かが来てくればいいとスラ思い始めたときに、お前たちがやってきた。
だが、話したところで責め苦は終わるわけがなかったのだ。
今もそれは続いている。




