第八十五話 決闘(9)
「どうしてですか?」
メアリーは真顔で訊く。
フランツは戸惑った。
「一緒に旅しているからだ」
仲間だから、とはまだ言えなかった。それほどの繋がりは主張できないと思ったからだ。
他に良い言葉は思い付かなかった。
「でも……」
メアリーはまだ続けようとした。
しかしフランツはそれを押し留める。
「車に乗って話そう。出来るだけここから遠ざかるぞ」
フランツは車に戻った。メアリーは何も言わずについてくる。
エンジンをかけて、素早く発車する。
「私はカミーユと会えました。目的は半ば達成したのです。私はカミーユを追わねばなりません」
メアリーはフランツと視線を合わせず前の方を向いて言った。
「それはパヴィッチでも同じだろう。あの時と同じようにお前は逃がした」
「あの時はミス・ペルッツとカミーユが一緒に行動していたからです。でも、今はそうではない。あなたの目的であるミス・ペルッツを追ってもカミーユはいません。あなたは時間の無駄ですし、私にとっては目的外の場所に行くことになる」
メアリーは極めて論理的に述べた。先ほど泣いていたのが嘘のようだ。
「そりゃ理屈ではそうかも知れないが、俺は時間の無駄とは思わん。お前との旅で得るものもあったし……」
「何を得たのですか?」
メアリーは表情を変えなかった。カミーユの攻撃をまだ警戒しているようだ。
「何って……」
フランツはすぐには答えられなかった。
「答えられないでしょう? だから、ここらで別れた方がいいんです。私は独りで死にに行きます」
「フランツはお前を友達だと思っているのではないか」
ずっと黙っていたファキイルが言った。
「友達……」
メアリーは初めてうつむいた。もうだいぶ遠くに離れていたので安心したのだろう。
「我もお前を友達だと思っているぞ」
カミーユが先ほど放った言葉――ファキイルは聞いていたのだろうか。いや、聞いていなかったにしても、ファキイルはずっとそう思ってくれていたのだろう。
「ファキイルの言う通りだ。俺とお前は、もちろん、ニコラスも、ファキイルも……オドラデクも友達だ」
オドラデクの恨みがましそうな視線を後ろから感じながらフランツは言った。
「まあ、フランツさんが友達だというのならぼくだって受け入れるにやぶさかではないですよ。ほんとうは友達よりもっと大きな存在だと思ってますけどね。まあいまはそういうことで許しておいてあげましょう。うんうん」
オドラデクはぶんぶんと何度も何度も頷き続けた。
「あいつとお前の間で何があったのかは知らないし、詳しく訊く気はない。でも、気楽に友達になって良いと思うんだ。友達を助けるのは普通だろ? だから、お前の旅にまだ少し付き合わせてくれ」
フランツは言った。
自分がこんなことを言えるとは内心驚いていた。これまでひたすらスワスティカの残党を殺し続けるばかりを目的として来ていたのに。
「そうですね」
メアリーはクスリと笑った。
「ルナ・ペルッツはもちろん追う。だがカミーユ・ボレルもまた追う。それで良いだろ。両者は別れたとは言え、また合流するかも知れない追っていくのは悪くない、いいな? それで決まりだ」
フランツは念を押した。
カミーユが追ってくる様子はない。フランツはフロントガラスの割れた車を走
らせ続けた。




