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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十五話 決闘(6)

 カミーユは飛び跳ねながら、メアリーの向こうずねを蹴り、地面に転倒させた。


 瞬く間の出来事でフランツも呆気にとられた。


 追撃は加えず、メアリーは腕を組んだままそれを見守る。


「どうしたの、さあ起き上がってきなよ」


 メアリーは両腕を使って立ち上がる。


「戻ってよ!」


 メアリーは叫んだ。


 そのままカミーユの脚に縋り付こうとする。


 しかし、カミーユは無表情で振り払った。


「カミーユは天才なんだよ。ほら……私じゃこんなに弱いでしょ……勝てないよ。だから、戻って……」


 メアリーは泣いていた。


「だからなんで戻らないといけないの?」


 カミーユは首を傾げていた。ここまで迫られても何も感じていないらしい。


――あいつは化け物か。


 フランツの方がよっぽど心を動かされていた。メアリーの泣き顔を見るのは初めてだったからだ。


 心がないのかと思えたほど冷徹で頭の回るメアリー。しかし、カミーユには激しい感情を見せる。


 執着に思えるほど。 


 フランツは嫉妬している自分を感じていた。


――なぜ嫉妬するのだ、俺は。


 フランツはメアリーを好きではない。


 はずだ。


 嫉妬と同時にこれほどまでに一緒に帰ってくれと懇願しているメアリーを少しも顧みてやらないカミーユに対する怒りの感情も強くなっていた。


――なぜ共感する?


 ルナ・ペルッツとカミーユが一緒に旅をしているから、行動を共にしただけだ。


 とても訊ける雰囲気ではないが、ルナとカミーユはもう別れたようなので、メアリーとの旅はここまでにしてもいい。


 冷静に考えれば、それでもいいはずなのに、フランツはまだメアリーと旅していたかった。


 眼の前で人を殺されて、それをきっかけとして作らなくてもいい書類を作る破目になった相手に対して、そう感じるのは甘いのかも知れない。


 だが、メアリーのひた向きなまでのメアリーへの執着がフランツの心を動かすこと


「つまらない。本当にメアリーはつまらないよ。殺す気も起きない。喜んで死んでいくだろうから。そんな人を殺しても楽しいはずないよ」


 カミーユはぶつぶつと呟き始めていた。


「ここまで叫んでいるやつの願いを、無碍にして楽しいかよ!」


 とうとう我慢できなくなって、フランツは叫んでいた。


「へえ、何か言いたいことがあるんですか。えーと、フランツさん。これは幼なじみの……友達同士の会話ですよ。赤の他人のあなたが、何か言うことはあるんですか?」


 論理的かつ適確な反論だ。


 それはそれで正しいのだが……。


「俺はこいつと短い間だが旅をした。どうしようもない奴かも知れないが。お前を想う感情だけは本物だ」


「本物だってわかるんですか? 人の感情がわかるんですか。それは凄い特技をお持ちなのですね」


 カミーユは笑みを浮かべた。


 フランツはふっと気付いた。


 おそらくこいつは人の感情がわからないのだ。


 もちろんフランツだって全ての人の感情を読めるわけではない。読み間違っていたい目に合うことだってあった。


 だが何となくわかる、という感覚はある。それがおそらくこの目の前にいる――カミーユ・ボレルという人間にはないのだ。


それは一種、背筋が氷るような戦慄だった。

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