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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十四話 告げ口心臓(13)

 白い顔の人々はまるで亡霊のように立ち上がり、フラフラと歩き出した。


「案内しましょう」


「案内しましょう」


 と呟きながら。


 カミーユは何もいわずそれに従う。


「こいつらの顔きっしょ、見とうないわ」


 グラフスはまだ呟きながら、とぼとぼと歩き出した。


「元に戻るのは三十分ぐらいですかね。どうでもいいです。すぐに死んじゃうし」


 お城のような伯爵家の屋敷へ辿り着くまでに時間は掛からなかった。


 庭園を横目にしながら玄関に向かう。


 扉が開けられると執事が現れたが、挨拶をめんどくさがったカミーユは言葉も交わさずラルジャンティエールの餌食にした。


「ここがエルヴィラさんの言っていた階段ですね」


 カミーユは思い出していた。ちょうど正面から扇形に大きく開いた階段が続いている。


 コジンスキ伯爵家の血を引く者はこの階段を降りるとき、悪夢的な体験をするといわれている。


 以前は板の壁があったと訊くが、エルヴィラに破壊されたため、すっかりなくなっている。


 伯爵はその後は直そうともしなかったらしい。一人娘がいなくなったのだ。相当なショックなのだろう。


カミーユはコジンスキ家の血とは全く無縁なので、階段を悠々と登る。


 何も起こらなかった。


「ふん、もっと重々しい感じがするものかとおもってたんですけどね」


 カミーユはつまらなかった。


「こんな場所に入ったことなんて一度もないわ。向こうの世界だとおれはとても貧しい暮らししとったさかいな」


「私だってないですよ。そりゃお祖母さまのお屋敷は少しは豪勢でした。でもここほどじゃないですね」


 カミーユは答えながらまた疲労を感じていた。


 階段を登り切ると伯爵の部屋を探した。


 今、在宅しているのか、それぐらいは訊けば良かったと思った。


 執事は顔を真っ白にさせたまま階段の下をさまよっている。わざわざ戻るのは億劫だった。  


 二階の曲がり角にある大きめの部屋をノックしてみた。


「誰だ」


 しわがれた声が聞こえる。


「あなたの娘さんの行方を知るものです」


 カミーユは言った。本題に入った方が手っ取り早いと思ったからだ。


「入れ」


ぶっきらぼうな返事だった。


 カミーユは扉を開けた。


 白髯の伯爵は机に座ったまま項垂れていた。神経質そうに指先で机の上を何度も叩いている。


「初めまして。私はカミーユ・ボレル。旅をしている途中で、エルヴィラさんと行き合いましてね。アグヌシュカさんと……言ってみれば駈け落ちされたのは知っていますよね。今はゴルダヴァにいます。ただ別れ方が……残念ながら生死は不明です」


「連絡先は、わからんのか、少しでも知っているなら教えろ」


 伯爵は顔をしわくちゃにさせながら声を絞り出した。


 人々の態度からずいぶん察するに信頼されている領主なのだろう。


 だから、伯爵を落としさえすれば、この地域に『告げ口心臓』を広げられるだろう。


ラルジャンティールに頼っても良いが、それはジムプリチウスに怒られそうだ。


「わかりません。生憎ですが」


 カミーユは申し訳なさそうに言った。出来るだけそう言う表情が作れるように努めた。


「あいつはたった一人の娘だ。良い家柄の夫を見付け嫁がせなければならない。わしの血を引いた孫が生まれなければ、この家は途絶えてしまう。複合姓でもよい。名前が残ってくれれば……」


 なるほど、エルヴィラが嫌になって抜け出した理由がよくわかる。


 しかし、カミーユは伯爵のその疑念をさらに膨らませてやることにした。


「でも、娘さんには嫌な女が取り憑いていたそうじゃないですか……確か名前はアグニシュカとか言う……」

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