第八十四話 告げ口心臓(12)
「お前らみたいな怪しい奴を伯爵様に会わせられるかよ!」
「そうだそうだ。よそ者はさっさと帰れ」
みな、口々にごねてきた。
田舎者は頑なで傲慢だと決め付けてはいけない。
ただ、頑なで傲慢な人間はこの世のいたるところどこにでもいるだけの話だ。
「ああ、鬱陶しい」
カミーユは思わず本音を漏らしてしまった。
無数の炎の揺らめきを相手にしてなどいられない。
「何だとこいつ!」
怒りに満ちた顔で男たちは詰めかけてきた。カミーユはナイフが遠距離戦の達人で、格闘も教え込まれているが、それでも男女の体格は違う。
集団で押しかかられば、たちまちねじ伏せられてしまうだろう。
とはいえ。
今のカミーユにはシャンパヴェールのトランプがある。
「この人たちを変えて。ムッシュ・ドゥ・ラルジャンティエール」
カミーユはカードを投げつけた。
とたんにトランプはかたちを解体させて急激に膨らみ、四方に破裂した。
ドロドロとした濃い紫色の液体だ。素早く交代したカミーユを除く、その場にいた全員へ液体は降りかかった。
それには同じく紫色をした玉が浮かんでいた。液はそこからほとばしり出てきたのだ。
言葉も発するヒマも与えられずに人々は顔を紫色に固められてしまった。
やがて液は凝固し仮面のようになる。人々は力なくちに膝を付いた。
「きっしょ! きっしょ! なんやこれ! ちょっち付いたかもしれん! 口のなか入ったら最悪やな!」
グラフスは叫んでいた。
「まあ大丈夫でしょう。私もこの子の液は何度か口に含んだことがありますが、大丈夫でした。私の思念と繋がっているようなので、影響はないです」
「アンタはいいんや。おれは違うねん! お前なんかに操られたくないわ!」
グラフスは叫びながら後退を開始していた。
「この世の人でないのなら大丈夫でしょう。この子はあまり戦いには向いてないんですが、こう言う風に私の言いなりに多くの人を変えることが出来ます。でも上手く行かない人もいます。例えばルナさん。ズデンカさんなどの吸血鬼にも効きません。まあ、平凡な精神性の持ち主にだけ効くんですよ」
カミーユは仮面に顔を覆われた人々を冷徹に見上げた。
『あんまりその技は使うなよ。俺はあくまで自分の口舌でこいつらを従えたい。そんな小細工に頼りたくない』
ジムプリチウスが声を上げた。お前とは何の関わりもないと言った癖にやけに命令してくる。
「ええ。だってこれで操った人の寿命は限りなく減っちゃいますからね。明日明後日ぐらいにお亡くなりになってもおかしくないです。人の命なんて本当にはかないですよねー」
思うがままに人の精神を操れるなど、男にとっては夢のような力だろうが、酒池肉林も出世も何も望んでおらず、ひたすら殺すという欲望を満たしたいカミーユにとっては、さほど必要な能力ではなかった。
顔を覆っていた紫色の仮面が崩れ落ちるまで三十分ぐらいはかかった。
仮面が外れると人々の顔は水ぶくれしたように白く脹れ上がっていた。
「これ使うと顔のかたちが少し変わっちゃうんですよ。治るまでに何時間はかかるんですよね」
カミーユは退屈そうに言った。




