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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十四話 告げ口心臓(9)

「さて、早速行きましょうか。このヴェサリウスに掴まっていてください。あなたのその身体なら、どこでも絡まっていけるでしょう」


 相手が面倒になっているカミーユは事務的なことだけを告げた。


 そして、ヴェサリウスに戻る。告げ口心臓は必要な数だけ拾い上げて、残りは置いていった。


 またここに戻っていた時になくなっていればそれは誰かが持っていったことになるのだから、結局どちらにしても拡散はされるのだ。


「あい」


 グラフスは短く頷くと、肋骨へ髪を結び付けた。


「そのままだと首が飛んじゃいますよ」


「大丈夫や」


 と言ってグラフスは蛹のようなかたちに変化して肋骨に囓り付いた。


 カミーユは何も思わず肋骨に腰掛けた。


 子供時代からこの方、昆虫を気持ち悪いと思ったことなどない。


 いや、気持ち悪いと感じたことすらなかった。


 むしろ頭と胴体を切り離して、どれだけ待っていれば動きが止まるのか実験するのが大の楽しみだった。


 意外と時間が掛かることもあるのだ。カミーユは生命というものがわからなかった。


 やがては猫で、犬で、鼠で、周りにいる生き物全てを殺していった。


 どれも同じだった。


 似通っていて、個性を感じなかった。


 カミーユはやがて、生命の奥に揺らぐ炎のようなものに気付いた。


 初めて人――両親を殺したとき、その炎の青い揺らめき、わずかに燃え上がる赤い燦めきが、まるで動物と変わらないと知った。


 生まれつきそうだったが、それ以来カミーユはさらに人の顔を見わける努力を怠るようになっていった。


 虫を殺されて怒る人間は少ない。


 害獣ならば、なおさらだ。


 愛玩動物になると多少は増えるだろう。


 でも、同族にんげんを殺されたら裁判をしろ、刑期を科せとなる。


 戦争という特例を除けば。


 それだって、戦後にスワスティカは裁かれた。


  古来、人間の生命には尊厳があり、犯してはならないものとされてきた。


 だが、カミーユの発見によれば、その炎の揺らぎは、他の生き物となんら変わるところがないのだ。


 殺してなんの差し障りがあると言うのか。


「ずいぶん高度上げてんな」


 グラフスが言った。蛹のような姿でどこから声を上げているのかわからない。


「ええ、出来るだけ早く生きたいですからね」


「高いとこは苦手や。俺もおとなやから大騒ぎしたりはせんけどな」


 面倒くさい。グラフスはお喋りだ。


 カミーユは痛みも気にならないタイプだが、倦怠だけは感じた。


 雲の間を縫って、しばらく進んでいくと、遠く城と、その下に密集した町が見えてきた。


 まるで中世物語の世界のようだ。


 ヴェサリウスは再び音もなく降下した。


 カミーユが降り、グラフスは蛹のような姿から元へと戻った。


「地方のほうでは、本当に昔と変わらない暮らしがあるんですね」


 カミーユは言った。


『都会だけが世界を動かす訳じゃない。なのに頭でっかちの連中は自分たちだけが動かしているように思っている』


 先ほどまで何も語らなかった『告げ口心臓』が突然語り始めた。


「なるほど、確かに取り残された人たちはいるのかも知れませんね」


 カミーユは答えた。


『俺が話したいのは取り残されたやつらだ。頭でっかちはどうでもいい』


ジムプリチウスは言った。

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