第八十四話 告げ口心臓(7)
すぐにヴェサリウスを移動させた。
下へ、下へ。
青々とした木々が地表を蔽い尽くすなか、確かに一本高く靡く黒い旗がひるがえっていた。
「えーと、このへんで良いですかね?」
カミーユは降下した。
もちろん不意に攻撃を受けないよう、ヴェサリウスの肋骨を閉じながら。
突然黒い旗が解けた。
細部の一つ一つまでキラキラと七色に輝く糸へ化し、それが人のかたちをまとい、髪にもなった。
それでもやはりカミーユは顔を捉えきれなかった。整った顔立ちのようにも思われたが……。
「よろしくお願いします」
着陸したヴェサリウスの肋骨を開かせて、外へ歩み出し、カミーユは手を差し出した。
グラフスは握手してこようともしない。この世の人ではないように思われた。
「なんか前メアリーとか言う女と戦ったんやが、あんたの知り合いか? いや、なんか雰囲気似てる思うてな」
「はい、メアリーは幼なじみの友人です」
「へえ、やたら強くて苦戦したわ。斬られても斬られても歯向かってきよってな」
メアリーが最悪死んだところで、カミーユは怒りはしない。ただ事実のみが興味深かった。
「あの子はそう言う子です。負けず嫌いなんですよ、誰よりも。そして一番私に負けたくない」
「お前、あいつより強いんか?」
グラフスは関心を持ったようだった。
「強いですよ。あの子に苦戦するようじゃあ、私には多分勝てないですね」
「言いよるなあ。まあ、ええわ。あれだけ大負けしてしもて、独りじゃやはり不利やってことに気付いた。おれもまあ、やりたいことがあるんでな」
何か秘密めかした様子だ。だが、カミーユはそれには正直興味なかった。
「ジムプリチウスさんは私たちに協力するつもりはないようですけど、私とグラフスさんは別です。どうします? これから行動を共にしますか?」
「まあ、おれの計画はゆっくり進めることにした。尾いていってもええわ。まだこちらの世界は正直不案内やからな。ヴィトカツイという地名ぐらいはわかるが」
「私もあまりこのあたりは旅していないんですが、西のほうはある程度は知ってますよ」
「お前は西にいくんかいな」
「ええ、ルナさん――ルナ・ペルッツを追って」
「そのルナ・ペルッツってのは何者なんや? さっきも言っとったが」
「考えていることを実体化出来る力を持った素晴らしい女性です」
カミーユは言った。
「考えを実体化出来るんかいな! そりゃあ凄い! 俺のいた世界でもそこまで都合の良い力使える奴は見たことないわ……よし、決めた。あんたとしばらくは一緒にいさせて貰うわ。ジムプリチウスはんもよろしゅうな……」
返事はなかった。
「それではご一緒しましょう……ところでジムプリチウスさん、ひとつ、質問があるのですが、それには答えて頂けるでしょうか?」
カミーユが訊いた。
「なんだ」
かなり経って返事があった。
「この『告げ口心臓』、どうやったら数を増やせるんですか? さっそくいろんな方にお裾分けをしてあげたいと思い始めてきたんです」
『切り刻めばそのぶんだけ分裂するぞ』
答えが返ってくると同時に、カミーユは『告げ口心臓』を空に投げ上げた。




