第八十四話 告げ口心臓(5)
「素晴らしい心がけの御仁ですね。感心してしまいます! でも、とりあえず私はお名前でお呼びしたいかな?」
カミーユは優しく言った。
『ふん。まあグラフスとでも呼びいや。他からはそう言われとるんでな』
グラフスの少し高めの声は声は自慢げになっていた。
これはチョロい、とカミーユは思った。もちろん感情すら自由にコントロールできる輩はいるが、このグラフスは本心から嬉しそうに思えた。
まあ、もう少し話を引き出してみよう。
「グラフスさん、なかなかいいお声ですね。どのような方かは存じ上げませんが、人生経験豊富そうですね!」
少しもう一つの人格の真似をしてカミーユはグラフスを褒めあげた。
『おれは人間じゃないんや。まあ人の姿にもなれるけどな。だからおれを殺すことはまず不可能やな。この世の人間ではな』
自慢が始まる。
「そうなんですね。私も人ならざる知り合いをちょっと知っていまして、奇遇だなあと思っちゃいました」
『くだらない駄弁りはいらん』
ジムプリチウスが介入した。
『あんたは誰や』
グラフスは機嫌を損ねたようだった。
『俺はジムプリチウスだ』
『知らんなあ。おれはついこの間この世界にやってきたとこやさかいにな』
『俺の名を知っている必要はない。俺はお前が役に立つ情報を持ってくるかで判断する』
ジムプリチウスの声には怒気が漂っていた。
『急に上から目線やなあ。そう言われても俺はなんも知らんからなあ』
このままでは、喧嘩になる。
せっかくルナ・ペルッツの捕獲に使えそうな存在に出会えたのに、喧嘩別れしてしまっては損になるとカミーユは思った。
『これは知ってますかね? ルナ・ペルッツはビビッシェ・ベーハイムだった』
『それぐらいは基本だろ。俺を誰だと思ってんだ? 戦争中から知ってるぞ』
つまらなそうにジムプリチウスが答えた。さすが旧スワスティカの宣伝大臣。
正確にはハウザーのいた親衛部とは違うのだが、情報は入ってきていたようだ。
『でも、この情報は多くの人間は知りません。ここに、価値があるんじゃないですか?』
カミーユは言った。
『何が言いたい?』
「ご想像はつくでしょう。上手く情報を拡散させさえすれば、あなたの仰ったようにルナさんから『全てを奪う』ことが出来るかも知れません」
『そんなことまで覚えてたか。しかし、お前はペルッツの身内だろうが』
「身内じゃないですよ。利害が合うから一緒にいただけです。今はその必要がなくなっただけです」
これは厳密には嘘だった。カミーユはルナを興味深いと思っているのだ。
『臭いな。さっきまで仲間だったのに旧に裏切るやつは信じられない』
ジムプリチウスの猜疑心は強いようだ。
「ですから、あなたと私は仲間じゃありません。そうだったでしょ? 私は私で勝手にやりますよ。必要だと思ったらお話させて頂くだけのことです」
カミーユは言った。
「私はルナ・ペルッツの身近にいたから、その弱点も知ってます。あなたが何でルナさんの全てを奪いたいのか。それもお聞きしません。ただ必要であれば全てお伝えします」
『じゃあ言えよ、今すぐに。聞きはするが使うとはいわん』
ジムプリチウスは奮然と答えた。




