第八十四話 告げ口心臓(4)
「あなた自身は味方を作らないんだから、いくら言葉を届きやすくしても意味ないと考えちゃいますけどね」
これは妥当な指摘だろう。
『間抜け。俺はただ情報を流すだけだ。その情報を利用するかしないかは受け取ったやつが判断しろ。たとえ失敗しようが、そいつの責任だ』
「なるほど、それは頭がいい」
責任を持たない。
ハウザーは団体を作って徒党を組んだ。だが全て滅ぼされ本人も死んだ。ジムプリチウスは逆をやろうというのだ。
「でも、この心臓をどうやって拡散するんですか? 忌憚なく言いますが、こんな気持ちの悪いもの、誰も手にとらないでしょう」
カミーユは笑みを浮かべながら言った。
『現にお前はとったじゃねえか』
ジムプリチウスは嘲笑った。
「はい。まあそれは否定しませんね」
『ルナ・ペルッツに、いや、この戦後のクソったれな社会に憎悪を、悪意を持つ者をこの『告げ口心臓』は惹きつける……そう言うように馬鹿のハウザーの『鐘楼の悪魔』を作り変えてやったのさ』
「『告げ口心臓』……! 素敵な名前ですね」
カミーユは拍手した。
確かにカミーユは戦後の社会に嫌気が差していた。
戦前は当たり前のようにシエラフィータ族は殺されていた。いや、それ以外にも障害者、同性愛者すら迫害され、殺戮されていた。
殺しはあたりの前にあるものだった。
幼かったカミーユでもそれぐらいのことは理解できていた。
自分に相応しい時代だと思っていた。
ところが、戦後の社会ではそれが全てスワスティカの悪として批判され、差別はしてはいけないことにされた。
何かおかしくないか? 人間の本性はもっと醜く、歪んでいるものではないか?
本質的に差別し、殺すことを止められないぐらいに。
そんな本音を表明しようものなら白眼視され、糾弾される。
息苦しい。
カミーユは人の感情などどうでも良い。
気にしなくても生きていけるが、争いばかり生じるのだから面白くない。
だからカミーユはもう一つの人格を作った。
ジムプリチウスの『戦後のクソったれな社会』という表現は口は悪くこそあったが、カミーユの体験してきたものと見事に合致した。
『戦後の社会は偽善者ばかりだ。口では差別はいけないと嘯いて、本音では自分が一番差別をやってやがる、二枚舌のクソ野郎ばかりだ。俺はそんなクソみてえな社会を引っ繰り返してやりたいんだよ』
ジムプリチウスは言う。
「なるほど、あなたの言うことは至極もっともです。では、私は私で勝手にやればいいと言うことですよね」
『そうだ。考えてやれ。俺は情報を伝えるだけだ。お前に、お前らに』
ジムプリチウスは面倒くさそうに言った。
「他にもこの『告げ口心臓』を手に取った方がいらっしゃるんですね」
カミーユは言った。
『そうや。ちゃんとお嬢ちゃんの名前はきいとるで』
訛りのある声がどこかから入ってきた。
『あなたのお名前は?』
『おれかぁ? そんなの、どうでもええわ。なんとでも呼んでくれんか。おれは別にこの社会なんぞ、興味はあらへん。ルナ・ペルッツとか言う女も関心はない。でも、あんたらのやってることはとても面白そうやな』
ジムプリチウスと同じようにとても饒舌な奴だった。




