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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十四話 告げ口心臓(3)

 カスパー・ハウザーのやりかたはよくよく考えれば非効率的だ。


 それでも、あの本に触れておかしくなった人間はたくさんいるのだとルナもズデンカも言っていたし、カミーユも実見したことがある。


 もう一人のカミーユならともかく、今のカミーユならいささか不格好な、可愛らしい化け物としか思えなかった。


「わたしなら、もっと効率をあげられるな。本じゃなく別のかたちになったら……」


 カミーユは夢想してみた。


 例えばもっと小型で携帯しやすいかたちならどうだろう?


 その端末を通じて他の人間と話すことが出来、情報を共有出来る。


 面白いではないか。


 現在の世界ではまだ電話を携帯出来るほど技術が進んでいない。ラジオがやっとのところだ。


 だとしたらとても効率的に物事を進めることが出来る。


 ルナ・ペルッツを何とかしたいと思っている人間と知り合う機会も増えるではないか。


 もちろんカミーユはそうした人間の願いを叶えるつもりはない。


 単に利用するだけだ。でも、直接交渉するよりはるかに簡単だろう。


 不特定多数と連絡をとれるからだ。


 本で一人一人を暴走させるのはあまりにも時代遅れに思われた。


「まあいっか。捨てちゃおうかな」


 勢いよく投げ落とそうとしたその時。


『鐘楼の悪魔』が紫の煙を上げ始めた。


「へえ、なかなか面白いじゃん」


 カミーユは捨てるのを止めた。


 物凄い速さで本は縮んでいった。


「豆本にでもなる気なのかな?」


 肉がちぎれるほど痛みが走っても、カミーユは本を捨てなかった。


 面白そうだったからだ。


 本はやがて小さな鉛色の塊へと変化した。


 よく見ると心臓のかたちをしている。


「うーん、リアルだね」


 飽くまで象徴的な作りではあったが静脈、動脈、心房など、細部が表現されていた。


「なんで、変わったんだろう」


『俺が変えたのさ』


 心臓が答えた。 


 どこかで聞いた声だ。


 カミーユは人の声を覚える。


 顔で判断出来ないから声と炎の揺らぎを確かめるしかないからだ。


「あなたはジムプリチウスですね」


 カミーユは答えた。


『そうだ』


 ジムプリチウスは不機嫌そうに答えた。


 しかし、これはよく考えたらカミーユが心から待ち望んでいたものではないか。小型で、携帯可能で、双方向の声を繋げることが出来る。


「なら、私と組みませんか? 私はカミーユ・ボレル。多少は力になります」


『誰が組むかアホ!』


 怒鳴り声が響いた。カミーユは気にせず頭をゆすりだした。


 この人は楽しい。そう思い始めたのだ。


『俺は誰とも仲間にならない。ティルを除いてな。誰も信用しない。お前のような奴の手助けは不要だ』


 ティルが誰のことかカミーユにはわからなかった。


 それでも楽しんだから、楽しい。


「へえ、ならなんでこんなものを作ったんですか?」


 カミーユは訊いた。


『俺の言葉を届きやすくするためだ。俺は最強の策士だ。俺は物事を何でも自分の思う通りに進める。そこに他の奴の介在は絶対に許さない』


 幼児性を感じるほど過剰な自信。


 カミーユは過去を思い出したが、ジムプリチウスの中には溢れるばかりの赤い炎が燃え上がっていた。

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