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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十三話 常識(8)

「いや、お前は加害者であるかも知れないがまず被害者だ」


 「同時に」とは言わなかった。ルナは誰よりも被害を受けた。


 とても苦しい思いをしてきたはずだ。


 それなのに自分を加害者だという。


 理由はある。


 実際ルナはビビッシェ・ベーハイムとして多くの人を殺したのだ。


 でも、それはカスパー・ハウザーに操られたものだったはず。


 ハウザーは最期に至るまでルナを執拗に追いかけ回して捕らえようとし、暗示を使ってビビッシェに戻し、殺しをさせようとした。


 ハウザーのせいにしてしまえばたやすいのだ。


 ズデンカだったら是が非でもせいにする。


 だが、ルナは引き受ける。


 意地でも引き受けようとする。背負おうとする。


――弱いお前が、何で。


 ズデンカは嫌な気分になる。ルナは泣き虫で、弱虫だ。


 寂しがり屋だ。


 なのに全てを背負おうとする。


 ルナは正しくない。血を見てもなんとも思わないどころか、どこか恍惚とした感情を覚えるようだし、人を殺してもいる。


 なのに、変なところで誰かを守りたがる。人が傷付くのをとても恐れる。


――矛盾だ。どうしようもねえ矛盾だ。


 だが、そんな相矛盾したルナをズデンカは好きだった。


 本来なら早いうちに、見捨ててしまっていれば良かったのに、好きになった以上、最期まで一緒にいたくなる。


――ルナが死ぬ日まで。


「それじゃあ一緒にいこうよ、さ」


 大蟻喰が案内役とばかりに先に動いた。


 ズデンカも素直に従った。


 このあたりの地理は疎いからだ。


 ルナも道のりは知っているのだろうが、喰った人間の数だけ知識量の多いできる大蟻喰のほうが、適格だった。


 山を越えないでも、道は続いていた。


――昔は列車で人を運んできていたんだからな。

 

 景色は、霞が経ったように見え辛くなってきた。


 奥へ、奥へ線路だけが続いている。


 もはや、列車が走ることはない線路。


 やがて――と言うには長すぎる時間が経って。


 茶褐色の煉瓦の建物が遠く姿を現した。


 ルナは身震いした。


 ギュッと身体を抱きすくめて、歯の根が合わないほどだ。


「やっぱり来たのは間違いだった」


 ズデンカは言った。


「間違いなんかじゃない。わたしは、ここへ帰るべきだったんだ」


「だが……」


「行かせて」


 ルナが言い張るので、ズデンカは拒めなかった。


 門を越えて、中へ入る。


 しいんとしていた。


 管理している人はいるという話だが、出払っているようだ。


「お前はなぜ、こんな場所に戻った? ここにはもう何もない。残されていないんだ。過去だけだ、過去の残骸だけだ」


 ルナはズデンカの言葉を聞かず建物の奥へと歩き始めた。


「ここで、みんな死んだんだ。わたしとビビッシェ以外は、みんな……」


 ルナは狭い天井を潜ってなかへ入った。


「ひでえな」


 まるで倉庫のようだ。人間が入れられて良い場所ではない。


 全くの空洞にもかかわらず、そこは死の臭いで満ちていた。


「……」


 ルナは俯いていた。


 その顔は限りなく青い。なぜこんな自傷のようなことをするのか。


「何を考えているかは知らんが、お前に責任はない。ここでの死は全てスワスティカによって作り出されたものだ」


 ズデンカは、ルナの耳元に必死に語り掛けた。

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