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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十三話 常識(7)

――全てをルナから奪う。


 確かそんな意味のことをスワスティカ元宣伝大臣のジムプリチウスは言った。


 その憎悪が何から起因するものかはわからなかったが、たんなる大風呂敷ではない可能性が高い。


――奪わせやしねえよ。


 ズデンカは心のなかで強く思った。


「キミもそろそろルナとは離れて生活を送るって手もありじゃない? ボクに任せて」


 大蟻喰は少し艶めかしいほどの姿態で眼を細めながら言った。


「お前を信用出来るかよ!」


 ズデンカは反射的に声を荒げた。


「ずっと一緒に戦ってきたじゃないか。もちろん、一定以上のと前置きはつけた上で信用しているんだよ」


 大蟻喰は笑顔を浮かべた。


 ズデンカには腹立たしかったが。


「とにかく、お前なんかにルナを預けられるか。あたしが適格なんだよ。あたし以上にふさわしいやつなんかいない」


「ずいぶん言うんだね」


 ルナはクスリと笑った。


「実際、他に思い付くか?」


 ズデンカはムキになって言った。


「思い付かない」


「だろ、お前の面倒なんぞ、大蟻喰あんなやつでは見れない。自分の面倒で手一杯じゃねえか」


「聞こえてるよ。ボクは服もぜんぶ自分の肉体を変形させてるから、ズデ公みたいに身体ごと焼けて元に戻る必要なんてないからね。世話も焼けないのさ」


「だからどうした」


 ズデンカはまた喧嘩腰になった。


「まあとにかくヴィトカツイは無事に抜けられそうだからよかったじゃないですか。大蟻喰さんの昔の話も伺えたし」


 現状で取りなしてくれるのはバルトロメウスぐらいしかいない。


「本当にこの近くだったよ。臭いがまだ残ってる。十年ぐらいじゃとてもとても」


 その話を訊いて、ズデンカもついつい臭いに関心を向けてしまった。


 うっすらとした血。


 確かに風の奥底、根っこのほうにわずかに感じられる。


 嫌な気持ちになった。シエラフィータ族はスワスティカの版図の各所で血祭りに上げられたことはよく知られている。


 ゴルダヴァ、ネルダ、ヴィトカツイ、いずれにも収容所が作られていた。


 死んだ人間の全てが記録されているわけではない。スワスティカは多くの書類を焼却したからだ。


 ルナはここにかつて、いた。


 実験代にされていた。


――ルナの過去が知りたい。収容所に入って見るもの聞くもの全て確かめたい。


いきなりそんな感情がわき上がって止まらなくなった。欠けているルナの記憶、それを埋め合わせたい。


 グロテスクなまでに切実な思いだった。


「あたしは」


 ズデンカは何が言いたいのか分からないままに言葉を途切れさせた。


「どうしたの」


 ルナが訊いた。


「お前はここにいたんだな」


「そうだよ」


 ルナは静かに言った。もう不安な様子は微塵も感じられない。


「見たい?」


 ルナが続けて言った。


「お前が苦しむだろ」


「せっかく近くなんだ。見ていこうよ。今見逃したらまた何年先になるか」


「辛い記憶だろ」


「辛くても直視しないといけないものはある。わたしだってそれぐらいはわかってるさ。直視しないで、ずっと傷付いた人を演じてはいられない」


「お前は傷付いた人だ」


「そうではないよ。わたしは加害者だ」


 ルナは静かに言った。

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