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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十三話 常識(4)

 たくさんの死骸が山のように積み重ねられていた。


 みんな、裸だった。


 呆れるぐらいに身体を硬くさせて、山のように折り重なっていた。


 誰が誰ともわからなかった。大半はガス中毒で死んだ者だと思われたけど、腹を割かれたり、首をもがれたのもある。


 カスパー・ハウザーの実験に使われた者たちだろう。


 こんな、窪地にも棄てられていたのか。


 ボクは恐怖すら感じなかった。自分が死ぬかも知れないって時に、果たして恐怖なんか感じるだろうか?


 ボクは死体の山の中に横たわった。身体が火照るほどだったから、死体に触れてさまそうとしたんだ。


 想像通り、とても冷たかったよ。凍えてしまうかと思ったぐらいだ。


 でも、熱に焼き殺されそうだったボクにとってはちょうどよかった。


 他人の肌に触れると不思議な感覚になる。自分と似ているようで、少し違うのだから。


 それが死人の者なら、なおさらだ。


 死にたくなかった。


 だが、このまま誰も助けに来なければボクは死ぬ。


 それはわかりきったことだった。


 何時間経っただろうか。


 向かい合う裸たちは心臓の鼓動を持たないのだから、そこには腐った血の臭いと、音のない空間だけがあった。


 なのに。


 そうであるはずなのに。


 何か、どくどくと滾るような音が、響いてきたんだ。


――ああ、幻覚が見えたんだな。死の前触れに違いない。ルナには逢いたいけど、叶いそうもないや。


 諦めたい感情が過ぎるほど、その音はまるで現実であるかのように響いていた。


 いや、幻覚じゃない。 


 本当に現実なのだと気付くまでに十分はかかったね。


 遺骸が融解を始めていた。


 ズデ公の頭じゃわからないか。


 たぶん、ルナならわかると思う。


 どろどろに溶けて、崩れ始めたんだ。


 ボクは逃げよう何て思わなかった。なぜだかこのまま窒息死してしまうことはないと思えた。


 むしろ、頼もしいような、強くなれるような、そんな予感まで抱いていた。


 自分の身体までが崩れ始めたのに気付いたよ。


 でも、その先にあるのは死じゃないって気付いてた。


 手脚の感覚がなくなって、視覚も聴覚も消えた。


 一つの肉の塊だけがそこにあった。


 そのまま、ずっと肉塊はあり続けた。


 三日ばかりも経っただろうか。


 ボクは再び、自分が感覚を取り戻していることに気付いた。


 それは複数にわかれていた自我がまた一つに収斂される現象だった。


 手脚も元に戻っている。大きさこそ縮まりはしたけど、そこにいたのはボクに違いない。


 確かにステラ・ベンヤミンという人間は死んだ。


 この日からボクは別の存在に生まれ変わった。


 大蟻喰を名乗ったのはしばらく後だけどね。


 ある種の集合体としての意識が、ボクを暫くの間、名無しとして生きさせた。

驚くぐらい軽やかに僕は野原を駈けたんだよ。


 人を食うことを覚えたのは自然とだった。尽きせぬ食欲はもう普通の食べ物では満足できなかった。


 肉だ。それも生きた人の肉だ。屍肉はもうたくさんだ。


 身体はほとんど腐った肉で出来ているのだから。


 殺さないといけない。


 それは死んでいった者たちの声だったかも知れない。


 ボクは殺意に突き動かされていた。

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