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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十三話 常識(3)

 キミらは、どこまで知ってるっけ?


 収容所でルナと最後に会ったのは忘れもしない、十年以上前の春の終わり、連合軍によって解放された時だ。


 しばらくの間、ルナは収容所からいなくなってたんだ。


 でも、本当に直前になって戻ってきた。


 さっそくまた昔通りになったと喜んだときに、連合軍が来たのさ。


 いなくなっていた間の詳しい事情は知らない。なんかカスパー・ハウザーが話してたけど、どうでもいい。


 でも、無事に戻ってきたことだけは確かだよ。スワスティカの連中はとっくの昔に退散していた。


「さあ、早く出よう」


 ボクはルナを急かした。


 二人で逃げようとしたんだ。


 ルナは黙ってボクに手を曳かれるままについてきたよ。


 でも。


 収容所の壁が突き崩されて、眼の前にカーキ色の軍服を着た兵士たちが入り込んできた。


「お前は何者だ?」


 恐らく向こうだって答えは知っているだろう。


 ボクは名前と出身を偽った。


 監視役カポだったボクは同胞連中に憎まれていたので、正確に言えば危ないってわかってたからだ。


 ルナについてはちゃんと伝えた。


 連合軍の兵隊はボクとルナを引き離した。


「ルナ! ルナ!」


 ボクは叫びながら何度も撲り掛かったし、わめいて抵抗した。


 でも無理だった。


 当時のボクはよわかった並の女よりガタイがでかいと言っても大人の男にはかないっこない。


 ボクは他の収容者いる場所ヘ放りこまれたけど、皆とっくに状況に気付いていて、ボクを一斉に睨み付けてきたよ。


 監視役カポは嫌われ者だ。そりゃ今までさんざん煮え湯を呑まされてきたんだから当然だろう。


 皆が迫ってきた。


 眼を爛々と光らせて、手を前に伸ばしていける屍のように。


 殺されちゃあたまらない。


 ボクは猛ダッシュで隙間を走り抜け、窓から外へ飛び出した。


 裸足に着の身着のまま、一瞬間以上、何も食べないで山里を転げ回ったよ。


 お陰で血だらけだ。


 蛭に吸われたのか、蚊に伝染されたのか、高い熱がでて死にそうだった。


 ちょうど窪地だったかな、草すら生えてない。


――あ、ここで死ぬのか。悪いこともしてきたし、まあ妥当だな。


 と、こう考えてしまった。


 ボクってうんざりするぐらい常識人だね。

 

 でも、ルナの顔が浮かんできた。


 ルナに会えないで死んじゃうのは厭だ。他の皆は冷たかったけど、ルナだけは優しくしてくれた。


 友達として扱ってくれた。


 そういう相手の存在をズデ公、お前は知ってるかい?


 だから、ルナはボクにとって尊いんだ。何があっても変わらず好きでいてくれる相手。絶対に守りたいと思えるような相手。


――ルナとまた逢うんだ。それまでは絶対に絶対に死ねないんだ。


 咒文のように何度も何度も心の中で繰り返した。


 アルカディアでルナと愛し合う幻影が頭のなかで何度も何度も何度も何度も繰り返されたよ。


 それは不思議と生きる希望を呼び覚ました。熱が引いていくのを感じた。


 ボクは生き残るんだ。


 生きなくちゃいけないんだ。


 激しい感情が身体のうちで涌き起こった。


 でも、身体の衰弱は激しい。数歩歩いただけで倒れてしまう。


 でも、そこに。


 風に乗って腥い臭いが漂ってきた。


すぐにわかった。


 血だ。


 ボクはすぐさま、そっちへ向かって駈け出した。

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