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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十三話 常識(1)

――ヴィトカツイ王国北部

 

 案の定、移動には一週間かかった。


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツは相変わらずの運動不足で、身体を動かすことが大嫌いなため、もたついたのだ。


「ぜえぜえ、はあああ、歩きいやあ! 大嫌いだよ!」


 メイド兼従者兼馭者で吸血鬼ヴルダラクのズデンカはルナが倒れないように後ろから押さえながら歩いていた。


 起伏の激しい青い丘がうねうねとどこまでも広がっている。


「もういい加減こいつ置いてこ」


 冗談だろうが、ジナイーダが笑いながら言った。


 こちらは健脚振りを発揮して少しも疲れるところを知らなかった。


 ズデンカも同じくだ。


――ずいぶん身体が吸血鬼ヴルダラクに馴染んできたんだな。


 ズデンカは頼もしくなった。


「あたしが押してやってるんだからさっさと歩けよ!」


「でも、車を探せばいいじゃないか! 良い人に乗せて貰えば」


「いい奴がいねえんだよ。あたしらを見て皆恐れて行きやがる」


 ゴルダヴァで乗せてくれた人がいたのは世ほどの僥倖だったのだろう。


 田舎の民はみなズデンカの肌を怪しみ、ルナの服装を嫌悪した。


 ヴィトカツイも戦争中はスワスティカの支配下にあり、多くの移住者もいたはずだが、戦後は一転して追われる身となり、母国へ命からがら戻ったと聞いている。


――皆、戦争を忘れていないんだな。


 残虐な話もズデンカは幾度か新聞で読んだ記憶がある。スワスティカも残酷だったがそれを追う者たちもやはり残酷だった。


 人は他者の些細な差異を見付けだし、叩くように進化してきた。表面だけ巧みに取り繕っても訛など隠せない証拠は幾らでもある。


 西から来たものはいまだに警戒されているのだろう。


 人とは行き合わないよう緑の多い道を選べば、自然とルナの息は上がるのだ。


「ぜえぜえ、もう息が止まっちゃうよ! 殺す気か! ゴホッ、ゴホゴホっ!」


 ルナはむせ返る。


「……息が止まるならそんなに喋れるわけないだろうがよ」


 ズデンカは人間だった頃の感覚を思い出しながら言った。


「いや、そんなことないよ。顔見て顔、青白くなってるでしょ。なんかの病気なのかな……心配だな」


「青くないぞ」


 むしろ赤かった。


「少しぐらい黙って歩いてよ」


 ジナイーダも呆れ顔だ。


「だって、こんなに苦しいんだよ! 生まれて始めてだよ、こんなに歩かされるの。ほとんど寝てないし、もう眠くて眠くてたまらないよ!」


 ルナは眼をしょぼしょぼと情けなそうに動かした。


――一週間前はあそこまで落ち込んでいたのに、な。


 時は全てを忘れさせるとはけだし真実だろう。


 ナイフ投げのカミーユ・ボレルと別れてルナは二日ばかりしょげていたが、やがてはけろりとしてしまった。


 まあ確かにあまり寝ずにここまで来たことは確かだったが。


「ルナが疲れてるだろ。どこかで休ませてあげなよ」


 不快そうな顔で自称反救世主の大蟻喰が言った。


「早く北までいかねえと」


 ズデンカは短く答える。


「早く行って何かあるの?」


「ルナの原稿を出版社に渡しに行くんだよ」


「郵送で良いだろ」


 大蟻喰はとても常識的な答え方をした。

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