第八十二話 三つの願い(10)
「お前はずっと独りで旅をしてきたろ? あたしと知り合ったのもほんの最近だ。カミーユとは別れるべくして別れたんだ」
「君も離れるの?」
ルナは俯きながら訊いた。
「何でそうなる」
ズデンカは呆れた。
ルナは寂しがりなのだ。
仲間と別れることに肉を裂かれるような辛さを感じているのかも知れない。
「あたしは離れない。まず、死ぬなないし、お前とは雇用関係がある。離れようがないだろ?」
ズデンカは前に身を乗り出していった。
「でも、でも、何かあって離れちゃうかもしれない……前、ランドルフィであったみたいに」
――ああ、そんなこともあったな。
ズデンカは少し懐かしく思い出した。だがルナに取ってそれは過去の記憶ではなく、未来への不安なのだ。
「もうあんなこたねえよ。第一カスパー・ハウザーはもう死んだんだ。あの時はあいつの部下のルツィドール程度に手こずっていたが、今はもうそんなこたない」
「でも、ジムプリチウスだっているじゃないか……わたしは怖いよ。なんで、狙われなきゃいけないの? わたしは狙われるようなことなんて……何も……」
と言ってルナはまた一層不安そうな顔になった。自分が過去にやってきたことを思い返したのだ。
ルナは普段は強気を装っているが、少し不安定になるととたんに本音を吐く。
もう少し成長して欲しいとズデンカも思うときはある。だが人の短い時間では成長する前に死んでしまうかも知れない。
――ルナが死んだら。
旅のなかで何度も過ぎる不安がまたやってきた。
ルナの不安な思いが伝染って来たのだろう。ズデンカは問答を続けるのを止めてルナを抱き寄せた。
ジナイーダの手を離すことになったが、ああ言ってくれたし公開はしない。
思いのほかその身体は小さく、暖かく、ズデンカにとっては理解することの出来ない感覚に満ちていた。
「冷たい」
ルナは呟いた。
「我慢しろ」
言葉は交わさず、時間だけが過ぎた。
「……もう行こう。ちょっと寒くなってきたし」
ルナは歩き始めた。
夏の真んなかだが、ここは川に近いこともあってか涼しいのだろう。ズデンカはなにも感じないのだが。
大蟻喰も口惜しそうな表情をまだ消していなかったが、バルトロメウスにせかされるかたちで歩き出した。
どうやってヴィトカツイを出るか。
車を借りるという手もある。
また誰かに乗せて貰うのもいいかも知れない。
誰も喋りたがる者はいなかった。ズデンカにとってもそのほうが居心地が良い。
しかし、何か欠けたものを感じていた。
今まであるはずだったものがなくなった。
それを、喪失感というのかも知れない。
――思った以上にカミーユの存在は大きかったんだな。
ズデンカはルナの肩を抱きながら歩きつつ思った。
これから、また逢うかも知れない。だが、その時は敵だ。カミーユが元に戻ってくれる、いや元の姿が偽りなら、偽りに返ってくれるその日まで。
――先は長そうだ。
日暮れまでに国境には付けないだろう。いや、一週間以内に抜けられるかもわからない。
ズデンカはため息を吐いた。




