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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十二話 三つの願い(9)

「おい、お前、逃げるのかよ! この、根性なしが!」


 大蟻喰は相変わらず下で毒突いていた。


「あなたはどうでもいいです」


 カミーユは無表情になって見おろしながら言った。


 大蟻喰はいぜんカミーユのことをどうでもいいと言っていたが、それが返されたかたちだ。


「クソがっ!」


 大蟻喰は地を蹴って、飛び上がった。ふくらはぎの肉が脹れ上がり、巨大な柱となって、空高くへ迫った。


「へえ」


 とだけ言って、振り向いたカミーユを乗せたヴェサリウスは高度を上げていった。


 空高く。


 雲に隠れて見えなくなるまで。


 大蟻喰は全身を変化させられると言っても、身体に取り込んだ肉には限度がある。


 既にパヴィッチの戦いで大分減らされてしまっていたから、大蟻喰の足の伸張は途中で止まった。


 カミーユはそれを見越して逃げたのだろう。


「ちくしょおっ!」


 即座に元の姿に戻った大蟻喰は口惜しそうな声を上げた。


「ところで、君の連れの少女はどうしたんだい? さっきの騒動から姿が見えないけど」


 バルトロメウスが思い出したように呟いた。


――そうだった。


 ズデンカは狼狽えた。


 ジナイーダがどこかに行ってしまったのだ。ズデンカは今までカミーユとのことに気を取られて、忘れてしまっていた。


 ルナのことが好きなんだと、ジナイーダは前言った。ズデンカはそれを認めた。


 ジナイーダは受け入れてくれた。


 だが、ジナイーダを吸血鬼ヴルダラクにしたのはズデンカだ。


 その責任はある。


 もし、危機に陥ったなら、助けなければならない。


 ジナイーダは吸血鬼になってまだ日が浅いのだ。


――まさか死ぬと思わないが。


 死ぬよりも酷いことはある。


 ズデンカは吸血鬼となって日の浅い頃、いまだに痛覚が生きていた頃に、数多く痛い眼にあったことを思い出した。


「ジナ! ジナイーダ!」


 ルナを置いていくのは心配ではあったがズデンカで叫びながら、河面に激突し、全身がへしゃげた客車へ向かっていった。


 やはり全員が死亡している。流された者もいるかも知れないが、どれも即死だったらしいのは幸いだ。


「ジナ!」


「ここだよ、ズデンカ。皆死んじゃった」


 逆さになった客車の床から素早くジナイーダが飛び下りてきた。傷は幾つも負っているだが、早くも塞がりはじめていた。


「大丈夫だったか?」


「だからズデンカが思ってるより、私は丈夫だよ。私はヴルダラクだから。それよりルナの方が心配だよ。ああ見えてあの人は弱いから」


「ああ、弱いな」


 ズデンカは同意した。ルナは結構些細なことで落ち込む。


 ジナイーダは黙っていることも多かったが、ちゃんと観察していたのだ。


「ズデンカがそばにいないとダメな人だよ。だから早く行ってあげて」


 だがズデンカは手を伸ばした。


「一緒にいこう」


「うん」


 ジナイーダの手は冷たかった。ヴルダラクらしくなってきたとズデンカは思ったが何も言わなかった。


「ルナ」


 ズデンカは青くなって立ち尽くしているルナの肩を抱いた。


「あいつは仕方なかったんだ。別れるべくして別れた。それだけだ。そもそも、ずっと一緒に旅はできない。そんなことはわかっていただろ?」


「うん」


 ルナは頷いた。


 しかしその顔は暗い。

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