第八十二話 三つの願い(6)
物凄い揺れが全身を走り抜けた。
おそらく、カミーユによって機関室が爆破されたのだ。
地獄からやってきたかのような爆炎が吹き上がって、ズデンカの全身を焼き尽くした。
かと思えば、すぐに身体は元に戻っていた。
ズデンカには痛覚がないから、焼け爛れることなどは屁でもないのだ。
ヴルダラクの始祖、ピョートルから受けた血の効力は凄まじかった。
今までなら全身が焦げ付けば、数分はかかっただろう。
炎は既に幾つもの客室を焼き尽くしていた。
――ルナが危ない。
炎に巻き込まれるかたちでズデンカは引き返した。
カミーユとパスロがどこへ消えたのかも定かでない。
ズデンカは後退に後退を続ける。
ドン、ドン。
頭上で物凄い音が響いた。
天井を見ると蜥蜴のような足形のへこみがついている。
――車輌の上に乗ってやがるな。
揺れはますます激しくなっていく。
横転したらルナと再会出来なくなるかも知れない。
ズデンカは速度を早めた。だが跫音もそれに合わせてついていく。
もはや車内に生きている人間はほとんど残っていないのではないかとすら思われるぐらい血まみれだった。
滑らないよう注意して走らなければならないので、到着には来た時の倍ほども時間が掛かってしまう。
後部の、パスロが通過していない車室はまだ綺麗だった。
しかし、誰一人としていない。
たぶん、多くの人は後ろの方へ逃げたのだ。
滑る心配がなくなったから、簡単に駆け抜けられた。
パスロの足形もついてこなくなる。
一番、後ろにある車輌には多くの人々が詰めかけてみた。
みな混乱の様相を呈しており、眼の前に立ち塞がってなかなかどいてくれない。
「前へ通せ! あたしはお前らの敵じゃない! ルナ! ルナ! 返事してくれ! いるんだろ?」
ズデンカは声を張り上げた。
「何が、何が起こってるの? たくさんの人が、死んでいる」
ルナは蒼い顔をしていた。大事そうにカスパールとメルキオールらの入った背嚢とトランクを抱えている。しっかり大蟻喰に押さえられていた。
――ルナは人の死を悦んだりしない。
先ほど放った言葉が裏付けられたようで、ズデンカは安心した。
「凄いね。そこらじゅう血だらけだ。ボクよりえげつないね」
大蟻喰は苦笑いをしている。
「もう、この列車はダメだ。外に脱出するぞ」
ズデンカはルナの耳元で、極めて小声で言った。他の連中に聞かれると大変なことになるからだ。
「でも、どうやって?」
「窓から逃げる。あたしの力ならお前を担いで逃げられる。大蟻喰はバルトロメウスを何とかしろ」
「もう夜だし、僕は逃げられる」
バルトロメウスは深く被った帽子の下で言った。
その時。車輌が大きく横に傾いた。
阿鼻叫喚の声が室内に巻き起こる。
――もう、時間はねえ。
ズデンカは物凄く不安そうな顔をする大蟻喰からルナを奪い、背中に担いで窓から外に躍り出た。
窓から外を見ると、横転した汽車の先頭は陸橋から頭を突き出して、今にも墜落しそうだ。
ズデンカの身体は身軽に動いた。車体から外へ離れようと。
しかし。
鎖に引きずられるような勢いでズデンカの乗っていた車輌は川の底へと落ちていった。




