第八十二話 三つの願い(1)
――ヴィトカツイ王国中北部
「ポリポリ、ポリポリ」
汽車のなかで、鼠の三賢者メルキオールがヒマワリの種を食べていた。
先ほどメルキオールは綺譚蒐集者ルナ・ペルッツに話を提供したので、ご褒美としてヒマワリの種を所望したのだ。
「すぐ消えちゃいますけどね。お腹いっぱいにならなくてもいいなら」
ルナはそう言ってヒマワリの種の入った袋を出現させた。
「いいんです。満腹感がなくても食べられれば!」
そう言うなりメルキオールは網棚を走り降りて、ルナの書き物机の上に降りて種に囓り付き始めた。
ルナはちょっと身を竦める。やはり、鼠は苦手らしい。
「お前はこっちに来い」
メイド兼従者兼馭者だが当然現在は馬車に乗っていないズデンカは、メルキオールとヒマワリの種をつまんで掌の上に置いた。
「ふにゅ、ポリポリポリポリポリ」
メルキオールはほっぺたを膨らませてヒマワリの種を噛んでいる。
「カスパールにもやれ」
ズデンカは言った。
「ごくり。だって、消えちゃいますからね」
「それでもひとつぐらいやれよ」
ズデンカは袋からヒマワリの種を幾つもとって、立ち上がり網棚の上に置いた。
踞ったままだった白鼠――カスパールはおそるおそるそれに近づき臭いを嗅いで確かめてから囓り始めた。
「まったく。願いを一つ叶えるなんて馬鹿馬鹿しい決まり、なんで作ったんだ」
「馬鹿馬鹿しくないよ。綺譚には願いが叶う要素が絶対に必要なんだ。『三つの願い』は知ってるだろ?」
ルナはやけにムキになって言い返した。
「何か聞いたことあるな。だが詳しくは知らん、話せ」
ズデンカは腕組みした。
「昔々あるところにお爺さんとお婆さんが暮らしていました。ある時、妖精さんがやってきて、『お前たちの願いを三つだけ叶えてやろう』といいました。二人はあれこれ相談しますが、なかなか決まりません。お婆さんがふと『今夜はソーセージが食べたいねえ』と口走った途端妖精さんはソーセージを出現させました。これで願いが一つ減ったのです。『何て馬鹿なことをするのだ! こんなソーセージ、お前の鼻に引っ付いてしまえ!』お爺さんが怒鳴りました。するとソーセージはお婆さんの鼻に引っ付いてしまいます。これで願いが二つ減ったのです。『なんてこと! ソーセージを鼻から取ってちょうだい!』お金持ちになりたいと言おうとしたお爺さんを遮ってお婆さんは叫びました。ソーセージは鼻から取れました。これで願いが三つ減ったのです。妖精さんは静かに消えていきました。お爺さんとお婆さんは失望のなかに取り残されました」
「何か聞いたことあるな……いや、読んだことかもしれんな……どっちにしてもずいぶん前だ……どちらにしろ馬鹿馬鹿しい。人間の愚かさを書いただけの話だ」
「だから面白いんじゃないか! この綺譚はたぶん、こういうことを言いたいんだ。願いというのは、幾らあっても人間は満足しない。このご夫婦はきっと百回願いを叶えられてもきっと本当に望む願いは叶えられなかったとわたしは思うんだ」
ルナは目を輝かせて行き荒く語った。
――よっぽど好きなんだな。
ズデンカは呆れた。




