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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十一話 火星植物園(9)

「お前はこの場所に何か感じたか?」


 フランツは訊いてみた。


 犬狼神なら、自分とは違った見解を持つかも知れないと思ったからだ。


「何か血生臭い気がする。ここは焼き払った方がいい」


 ファキイルが存外過激なので、フランツは驚いた。


「そこまでか」


「火星の植物は人を蝕む。昔、月の悪魔が教えてくれた」


 ファキイルは旅の間、過去の話をポツポツとするようになった。フランツはそれをとて訊きたいと思っている。


 月の悪魔と知り合いなら、火星のことも知っているだろう。早く訊けば良かったとフランツは後悔した。


「あいつを放置して良いのか?」


「おそらく、あやつはそう遠くないうちに死ぬ。もう生命の輝きが感じられなかった」


「あれほど目を輝かせていたのにか?」


 フランツは驚いた。


「当人の想いと命の灯火は違う。いくら意欲に燃えていようが、尽きるときは尽きる。いくら衰えていようが続くときは続く」


「お前は、人の寿命がわかるのか?」


「いや、わからない。死に近付いていればやっとわかるぐらいだ」


 犬狼神は無表情に答えた。


「そうか……火星の花がもし間違ってこの世界に満ちたら大変なことになるな」


 フランツは苦々しく思いながら言った。


「それは大丈夫じゃないですか? 外の環境なら、火星の植物は枯れてしまうとミスター・ユリウシュは言っていましたので」


 メアリーが口を挟んできた。


「ユリウシュが死ねばこの植物園も夫れ迄だろう」


 温室の管理は大変だと門外漢のフランツでもわかる。


「えええっ、ユリウシュさん死んじゃうんですか」


 オドラデクが大声を上げて近付いて来た。


「声を上げるな」


 思わず怒鳴り返して仕舞いそうになって声量を落としながらフランツは言った。


「なんか寂しいなあ。こんな可愛いお花を暮れたのに」


 オドラデクはフランツに頭を寄せてきた。


「近付くな。火星の植物は人間を蝕むとファキイルが言っていたぞ」


「え、フランツさんは命が惜しいんですか。まるで生き急ぐように戦いを重ねていたような気がしますけどねえ!」


 オドラデクのその言葉は知ってか知らずか、フランツの痛いところを突いた。


 もう、普通には戻らない。そう言う思いを胸に人魚の刺青を背中にした。


 いつ死んでも良いつもりだった。


 にも変わらず、今一瞬だけ自分は火星の植物を近づけたくないと思った。


 自分は、どこか生きたいと考えているのではないか?


「どうする、ファキイル?」


「焼いた方がいいが、死ねば枯れるなら立ち去ってもいい」


 ファキイルは答えた。


「そうか……」


 フランツは気になった。


 しかし、見逃すと言った相手を殺してしまっては罪の意識に苛まれることになるだろうし、ファキイルもああ言ってくれたのだからこの植物園を早々に出た方がいいと思った。


「オドラデク、花は捨てろ」


 フランツは言った。


「ええええええ、やですよぉ」


 オドラデクは首をグルグル回転させた。


「いいから、捨てろ。俺は良くてもメアリーが蝕まれる」


「私ちゃんは良いですよ。いつ死んでも」


 メアリーは微笑んだ。


「うわあああい! 花は持っていきますよ! こんのぉフランツさんのいけず!」


 オドラデクはメアリーに対する侮蔑すらも忘れるぐらい上機嫌になっていた。


「勝手にしろ」


 フランツは独り歩き出した。

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