第八十一話 火星植物園(4)
「そいつを俺は知っている。ルナ・ペルッツだ」
「たしか……そんな名前でしたね……戦後になって……本を出した記憶が」
ユリウシュは思い返すように言った。
「ああ、能力のことだって知っている」
フランツは己の語調のなかに、優越感が混じっていると思った。
だが、よく知っていたからといって何になるのだろう?
今のルナは、殺さなければならない対象だ。
「それなら何か、植物を生み出す方法を知っているでしょうか?」
ユリウシュの関心はあくまで植物にあるようだった。
フランツの見立てでは無害な人間だった。人よりも物にこだわり、集めたがる。その対象が植物という訳だろう。スワスティカもいろいろ研究していたようだが、重要な役職についていた人物には思えない。
――ルナにも似た型だ。
フランツは少し、警戒を弛めた。
「いや、俺の眼の前で花や植物を作り出すことはあったかもしれないが……からくりはよくわからない。ルナが生み出すのは植物に限らない……動物や人のこともあった。多くはすぐに消えてしまうはずだが……お前の元にあったものは残ったのか?」
「はい、とても皺くちゃになっていましたが、残っていました」
フランツは驚いた。ルナの力は限定的な物だと思っていた。
人の記憶を消したりした場合は効果が続くが、生み出したものを長続きさせられないんだと語っていた覚えがある、
だが、ルナは出来たのだ。それも、とても幼いときに。
――隠していることが、まだまだたくさんあるのだろう。
「今も、持っていますよ。研究室へ移動しますか?」
ユリウシュは提案した。
「仲間を呼んでくる。……自己紹介が遅れた。俺はフランツ・シュルツ。スワスティカ猟人だ」
「よろしくお願いします。あ、私も申し遅れましたがこの植物園の園長をやってます」
フランツは駆け足で、オドラデクの元に戻った。
自分は静かにするように言ったのにそんなことをするのは若干罪悪感を覚えたが、それよりも早くルナの痕跡を確かめたい、うずうずする気持ちを抑えきれなかった。
「フランツさん、なんか顔が明るくなってますよ!」
オドラデクは鋭く見抜いた。
「いや、それより尾いてこい! 他の皆もだ」
フランツは大声で叫んだ。
「何かありましたね」
メアリーも気付いたようだ。
「まあちょっとな」
「『ちょっと』じゃ人は動きませんよ」
メアリーは悪戯っぽく眼を細めて遠くを見た。
フランツが答えるまで梃子でも動かないという風だ。
「ルナ・ペルッツの痕跡を見付けた。ここの園長が研究室に呼んでいる。お前らもこい」
仕方なくフランツはすべてを明らかにした。
一行は揃って園長の元へ行った。
「それでは急ぎましょう」
ユリウシュは穏やかな笑みを浮かべて後ろを向き、歩き出した。
植物園の中央部には鉄の大きな蓋がしてあった。ユリウシュは懐から鍵を取り出して、上に入れて回す。
ユリウシュが蓋を手で持ち上げると怪談が続いていた。
「さあ、こちらです。私の研究室です。なに、怪しい場所ではありませんよ」




