第八十一話 火星植物園(1)
ヴィトカツイ王国南端ワイダ――
スワスティカ猟人フランツ・シュルツは困っていた。
せっかく検問所を抜けてヴィトカツイ王国に入ったのに、汽車に乗れなかったからだ。
先日発生した、隣国ゴルダヴァの中部都市パヴィッチで発生したゲリラ軍との戦闘により、鉄道はしばらく運行を停止していた。
どう言う方法を使って綺譚蒐集者ルナ・ペルッツを追うか、考えものだった。
手っ取り早いのが、犬狼神ファキイルの藍色のローブの裾にすがって空を飛ぶことだ。
だが、ファキイルは入国前に受傷し、まだ回復の途上にあった。人間ではないとは言え、身体が元通りになるまではまだしばらく時間が掛かるのではないか
――頼りたくない。
さんざん世話になったファキイルだ。これ以上無理をさせたくなかった。
中央部まで行けば汽車は通じているはずだ。
「ヒッチハイクという手がありますね」
処刑人メアリー・ストレイチーは静かに言った。
「ヒッチハイクって! 誰もこんな怪しげな集団拾ってくれませんよ。相変わらずバカ女は馬鹿なんですからねえ!」
オドラデクは相変わらずメアリーに対して敵意を剝き出しにしている。
「メアリー、徒歩で行こう。俺たちは眼だってはいけない。歩いていくほうが目立たない」
フランツは言った。
ルナと再び邂逅出来るのはかなり後のことになりそうだ。
内心では焦っている。
ルナが遠くに行ってしまう気がした。憎い仇敵であるとともに、フランツにとってはかけがえのない存在になっていた。
「やったああ! フランツさんがぼくに賛成したぞぉ! バカ女、お前の運命もここで極まりましたね。ひゃっほい!」
オドラデクは勢いよく飛び上がる。
フランツは青筋が顔に走っていないか思わず確かめるほどイラッとした。
「シュルツさんがそういうなら別に構いません。ミスター・スモレットはいかが?」
フランツと同じく猟人のニコラス・スモレットは話を振られて顔を上げた。 先日の戦いの疲れからか、ニコラスはわずかにぐったりしているようだった。
「大丈夫か」
フランツは心配して声をかけた。
「ああ……、俺も徒歩で行ける」
ニコラスは答えた。
「それでは出発しましょう」
メアリーは元気に歩き出した。先ほどの戦いで疲れたのは同じであろうに、少しもそんな様子を見せていない。
「お前が音頭とるんじゃないですよ!」
オドラデクは牽制する。
「お前は疲れていないのか?」
フランツは呆れて訊いた。
「ええ。処刑人は生理の血を流していても戦う手を休めるなと言われていますからね」
メアリーはあっさりと答えた。
フランツは顔を背けた。決まりがわるくなった。
会話が途切れたところで皆歩き出した。
フランツは幸い少し睡眠をとれていたたので、疲れはなかった。
北へ、北へ。
舗装された道なので、これまでのような山道のしんどさを感じない。わざわざ迂回路を辿ってゴルダヴァを出たのだ。
楽な道を進めるのは大助かりだった。
「フランツさん、フランツさん」
オドラデクが後ろから肩をつんつんしてくる。
「どうした」
「植物園」
「はあ?」
実に意味不明だった。




