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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十話 白い病(9)

 しばらく、そっとしておくことにしました。時期を見計らって食品を集めて、持っていきました。


 当時は現代と比べてかなり大らかな社会でしたから、入手は容易でした。


 皆不思議な生き物と出会うことなんかしょっちゅうなので、僕のようなガタイの大きい存在に対しても、みな普通に接してくれましたからね。現代なら他の人を経由して買わないと生けないから大変です。


 シェルアさんは生き続けました。十年二十年。僕は機を見計らって、あるいは知人(人、ではないのですけどね……)に依頼して、食べ物を送り続けました。


 小さなオアシスから一歩も出ないでその後の長い年月を送ったのです。


 十年ぐらいたった時シェルアさんが初めて口走りました。


「私、行ってみたかったところがたくさんあるんです。でも無理なのですね」

年々シェルアさんは愚痴っぽくなっていきました。そりゃそうでしょう。後悔したいことなどいっぱいあるのでしょう。


 シェルアさんは前半生では生まれた街を出ず、後半生ではあちこちをさまよいましたがとても楽しんでいられる余裕などはなかったことでしょう。


 普通の人なら独りぼっちはとても寂しいです。そして、シェルアさんはごく普通の人でした。


 にもかかわらず、運命の悪戯がシェルアさんを永遠の孤独のなかに閉じこめてしまったのです。


 大理石に変わる病についても、僕は並行して色々調べました。


 でも、幾ら聞き込みを続けても手掛かりは見つかりません。どちらにせよ、シェルアさんの存在とともに、白い病はこの世界から姿を消したようでした。


 さらにまた十年。


 すっかり諦めたシェルアさんは趣味に打ち込み始めました。


 趣味といっても他愛もないものです。椰子の実の皮を見事に追って、動物や人間のかたちを模したものを幾つも幾つも作ったのです。


 幸い椰子の実はシェルアさんが来た時以上にたくさんみのっていましたから、材料に困ることはなかったようです。


「覚えている限りのものを再現しようと思うんです。時間はたくさんあるのですからね」


 もう二度とファキイルさんを呼ぶ気はないようでした。


 僕からしたらかなり残念でした。ぜひ、一度だけでもお目に掛かりたかったですからね。


 でも、ファキイルさんを呼ぶことはシェルアさんにまた別のところヘ行きたい気持ちを抱かせることなのかも知れません。


 僕の肩に乗っても世界を見て回れるんですけどね。


 シェルアさんの作品はどんどん増えていきました。


 誰に見せるものでもない、でも本人にとってはとても大事な作品たち。



 出来はだんだん上手くなっていきましたよ。こんな椰子の葉っぱでここまで表現できるんだというぐらい、細密に椰子の皮細工は上手くなっていきました。


 まあ僕がいろいろ道具を持ってきてあげたお陰もありますけどね!


 百や二百、いや、千体ぐらい作られていきましたよ。これほどの芸術が今に残っていないのは残念です。


 でも。


 やがて四十年ぐらいが経過した時でしょうか。


 突然、シェルアさんの身体が白い斑点に蔽われ始めたのです。前触れすらなくいきなりのことでした。

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