第八十話 白い病(6)
「もちろんだ」
ファキイルは気さくに引き受けてくれました。
またローブの裾を掴んで、空へと飛び立ちます。
今度は丸一日旅を続けました。西へ西へ、とにかく白い病から遠く離れよう、シェルアさんはそう願い続けたのです。
大きな都市を選んで、そこで暮らし始めました。今度は親類などはいっさいおらず孤立無援です。
すぐに職など見つかるものではありません。なので、最初はファキイルの協力を得て食べ物を集めなければなりませんでした。
一ヶ月、二ヶ月。
人もいない廃墟に隠れ潜んで、飢えを凌ぎ、乾きを抑え稀にファキイルがどこからか集めてきたお金で買い物をしていました。
でも、白い病は容赦なく襲ってきたのでした。
都市の人は次から次へと大理石二変わってしまいます。
――どうしてこう、私の行く先ではかならず病が流行るのだろう。
幸いにもシェルアさんの身体が大理石に変わることはなく、命を長らえることは出来ました。
また、ファキイルに頼って他の都市へ。
そこでもまた、やはり白い病。
繰り返すうちにシェルアさんのなかでは一つの疑念が生まれました。
――まるで白い病が私を追い掛けていっているようではないか。何か私には人とは違う何かがあるのではないか?
シェルアさんは普通の人でした。
商家の娘に産まれて同じく商家の旦那さんと顔も見ないで結婚して、何人かの子供の母親になっていました。
これまでの人生で、とりたてて変わった出来事に遭遇したこともなく、家庭は至極円満でした。夫が家に帰る時間が遅いのが気になるぐらいだったようです。
それがいきなり死の病がやっていて、住んでいた場所と家族を奪われるとは。
「ファキイルさま」
ある時、シェルアさんはファキイルに訊きました。
「あなたは何でもご存じでしょう」
「いや、知らないことの方が多い」
「今巷で流行っている白い病について、詳しくご存じなのではありませんか?」
「……知ってはいる」
「私が行くところ行くところ、病は必ず発生します。なぜ、病は私を追い掛けてくるのでしょう? いったい私が何をしたというのでしょう。詳しい理由を教えて頂けませんか」
「本当にか」
ファキイルは少し俯いて言ったそうです。
「ええ、知りたいのです」
「お前を傷付けることになるかもしれない」
「知って傷付かないままより、知って傷付く方がいいのです。もう、私には何も残されていないのですから」
ファキイルはしばし黙りました。
「ファキイルさま」
シェルアさんは急かしました。
「白い病はお前の内側から出ている。お前の夫と子供たちは、いち早く病に取り憑かれ、出先で大理石に変わった」
ファキイルはシェルアさんの瞳を見詰めて、言いました。
「内側とは……」
「お前こそが白い病の源だ」
シェルアさんはそれを訊いた時、腑に落ちたと言うか逆に心が落ち着いたと言います。
――ああそうか。私を追い掛けていたのではなくて、私が流行り病を引き起こしていたのか。
疑問、氷解。
しかし、後には寂しさが残りました。
シェルアさんは決心しました。
「私は独りで死のうと思います。誰にも会わず、ひっそりと」




