第八十話 白い病(4)
シェルアさんはまたもや孤独のなかに取り残されました。
でも、そこには一筋の希望の光が差していたのです。
やがてそう待つまでもなく、女はまた空を飛んで窓辺へやってきました。その手にはあんずやいちじく、ぶどうなどさまざまな果物がどっさり抱えられていました。
「ありがとうございます」
床に投げ出された果実へと、シェルアさんはかじりつき、思う存分胃の底へ収めました。普段なら、恥ずかしいと想うでしょうが極限まで飢えた状態です。
こだわってなんかいられません。
「本当にありがとうございます。お腹がすっかり満たされました! あなたさまの名前はなんと仰るのでしょう」
「我が名はファキイル」
「ファキイル……! あの神話の!」
シェルアさんは驚いていました。
「神さまに助けて頂けるなんて!」
「我は神ではない」
ファキイルは短く答えました。
ここ、僕としても非常に興味深いんですよね。他称・鼠の三賢者の叡知をもってしても、犬狼神は神の部類だと理解していました。
だからシェルアさんからこの話を聞いた時、僕は大変驚いたんですよ。
でもシェルアさんはそれ以上ファキイルに詳しいことを訊くのを控えたそうです。
神――ないしはそれに近い存在を目の当たりにして、心から畏怖を感じたんでしょうね。
「ありがとうございます。でも、まだ伝染病は――白い病は続いております。今は凌げても、これから一ヶ月、二ヶ月……耐え抜かねばなりません。どうかファキイルさま、あなたの御力で、食べ物を恵んでくださらないでしょうか」
「わかった」
ファキイルはそう短く答えたと言います。
でも、犬狼神――定着しているので便宜上そう呼びますが――にずっと部屋にいて貰うわけにもいきません。
「口笛を吹いたら、着て頂けませんか?」
シェルアさんは願いました。不躾だな戸は思いながら。
「わかった」
ファキイルは言葉少なでした。でも、シェルアさんは頼もしく感じました。
それから毎日一回はシェルアさんはファキイルさんを呼びました。ファキイルさんは果物だけではなく肉やパン(今のようなかたちではなく、原始的なものでしたが)を持ってきました。もちろん、水も。
どこから持ってきたのかはわかりませんが、飢えているシェルアさんにとってそんなことはどうでもよかったのです。
やがてすっかりお腹も満たされ、考える時間が取れるようになると、シェルアさんは何時になったら、どうしたら、この病の蔓延する町を出られるのだろうかと考えました。
しぜんと、というかあたり前なのですが、ファキイルさんに出して貰うという答えに至ったのです。
もちろん、それは烏滸がましいことでした。
でも、シェルアさんはもう独りぼっち――ファキイルさんはいても、それは神さまのようなもので、自分と同じ人間ではないのだから、結局寂しくなってしまうのです。
「ファキイルさま、お願いでございます。私をこの街から連れ出してください。ここは死の病、皮膚が大理石に変わってしまう病が広がっております。このまま居続けたら私もいつ死んでしまうかわかりません」
シェルアさんは言いました。




