表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

880/1242

第七十九話 雌豚(11)

 ズデンカもカミーユに従った。谷底で苦しみ悶える人豚を楽にしてはやりたかった。だが、下手に動くとカミーユが何をするかわからない現状では難しい。


 これは勝ち負けの問題ではない。カミーユは自分の命を楯に取っている。いつでも死ぬことはできるだろう。


――あたしは結局、カミーユに逆らえないのか。


 その時だ。


 物凄い絶叫が谷底に轟いた。


 ズデンカは急ぎ、視線をやる。


 どす黒い血が溢れ返っていた。水溜まりのようになっている。


 豚に似た生き物は眼を向き空を見て絶命していた。


 ジナイーダが爪で喉を引き裂いていた。


 一撃の元に殺したようだ。


 ズデンカは驚愕のあまり声も出なかった。


――まさか、ジナが。


 ジナイーダは表情を変えていなかった。


「ズデンカがやらないから、私がやった」


 そして、眼を合わせずに大声で言った。


「このままじゃ可哀相でしょ」


「ふーん、そうですか。ジナさんが殺すとは意外ですね。でもまあ、良しです。帰りましょう」


 カミーユは後ろをチラリと見ただけでまた歩き始める。


 さすがにズデンカは我慢出来なくなって、谷底へ一秒もかからずに飛び下りると、ジナイーダを抱きすくめていた。


「お前にこんなことをさせちまった。あたしがやるべきだったんだ!」


――ジナイーダは、あたしが守らなくっても良い。


 そんなことを考えていたのにもかかわらず、声は悲痛になり、余計大きくなった。


 泥だらけの服にさらにどす黒い血が広がっていく。


「そんなことない。ズデンカがやれないときは私がいつでも代わりをやるからさ」


 ジナイーダは案外冷静だった。血で汚れても。


 初めて殺しをしても。


 いや、ジナイーダがこれまで殺しをしてこなかったとは確かめたことがなかった。動物であれば、殺したことがあったのかも知れない。


 喉を正確に抉っている。爪は鋭く伸びていた。


 ズデンカが教えてもいないのに。


「ズデンカ、服が汚れたね……私もだけど」


「仕方ない。代えは飼育場に置いてきた。水も汲んで流そう」


「うん」


 ジナイーダはこくりと頷いた。


 あとは速やかに行われた。


 カミーユを放置するのは少し不安だったが、レギナとドロタが死んだ今となっては、それほど危険もないと思われるので別れた。


「安心してください。ルナさんには何もしませんよ。私もルナさんは大好きですから、今回の件は一切秘密にしましょう」


 とカミーユは言った。


 飼育場に戻り代えの服と桶を持って帰り、河辺で服を脱いで身を洗った。


 ジナイーダもズデンカと同じように脱ぎ、背中を流してくれた。いままでそんなことをして貰ったことがない(ルナと入る時は流すばかりだった)、なぜだかドキドキとした。


「泥だらけだね。ズデンカはずっと戦ってきたんだ」


「戦ってねえよ。単に大蟻喰とじゃれ合っただけだ」


「あの人怖いから」


「そうか? 単なるこけおどしだ」


 ズデンカは笑った。


「今まで会ったこともない人だよ」


「似た人間なんて一人もいない」


「でもある程度はわけられる。そうやって覚えた方が楽だってママも言ってた」


 ジナイーダは答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ