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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十九話 雌豚(6)

「騒ぐな! わめくな!」


 ズデンカは大蟻喰の肩を強く押さえ付けながら、叫んだ。


「ズデ公が一番騒いでるだろうがよ!」


 大蟻喰も叫び返す。


 ひっくり返り、地面を転がり土を被り、また転がって上を向く。


 カミーユのことが気になりはしたが、言語の壁があるという安心感もあり、ついつい意識の外へ置いてしまう。


 白いメイド服が鼠色と褐色の中間に染まった。


「うわあ。止めてくださいよお」


 バルタザールとカスパールが背嚢のなかに避難した。


 そちらにしろじきに汚れる。


 五六回取っ組み合いを繰り返したら、大蟻喰もやがてヒートダウンしてきた。


「もうやめにしよう。あたしも悪かったよ」


 ズデンカは言った。


「ふん、謝れば許されると思うなよ?」


 大蟻喰は腕を組んで反り繰りかえる。


 ズデンカはもう腹も立たなかったので、部屋の中に引き返し、汚れた背嚢を探った。


 代えのメイド服が幾つかあったはずなのだ。


 だが、全て汚れていた。


――自業自得だな。


「くせえ、くせえ!」


 牛の首に変じた悪魔モラクスがまたわめいていた。心なしか以前より小さくなっている。カスパールの復活の際に使われたせいかもしれない。


「まだ臭いのか。もうカスパー・ハウザーは死んだぜ?」


 ズデンカは多少ふざけて言った。ハウザーは死んだ。


 それは確かだ。


 だが世界各地に散った『鐘楼の悪魔』はまだ残されているし、スワスティカの残党ジムプリチウスもいる。


 不安要素はまだまだ残っている。


「くせえのはお前の連れの女だ」


「大蟻喰か? あいつなら確かに臭いな」


 言った後で良心が咎めた。嫌なやつにしてもそこまで蔑みを向けるのはさすがに可哀相だ。


「いや違う。もう一人の方だ。さっきトランプを繰ってたな」


 背嚢の中にいたにも拘わらずモラクスはちゃんと周りの様子をうかがっていたのだ。


 ズデンカはショックだった。


 いや、そのようなことをモラクスが言い出すのはわかっていたし、カミーユの行状を見れば当然なのだが、改めて突き付けられるのはきつかった。


「いつから臭いだした」


「ああ、前はしなかったな。とても最近だ。あのトランプを繰り出したぐらいから気付いた」


 悪魔には感知出来る、『鐘楼の悪魔』にも比されるぐらい禍々しい力。


「あの骨の化け物は妖精か?」


 ズデンカは先ほどからの疑問を口にした。


「妖精の気配がするのは間違いないな。だがあんなやつ、見たことはない。俺はちったあばかり妖精の顔を知ってるんだ。どうも、怪しい。あれには人工物の臭いがする。あのくっせえくっせえ本と同じように」


 さて、部屋のなかを見回したズデンカはカミーユの影を見なかった。


 急激に不安になってくる。


「カミーユは?」


 ルナに訊いた。


「さあ……何だよ君、そのかっこうは!」


 ルナは笑い声を上げた。


「着換えてくる。おい、水を汲みたいんだが、桶はあるか?」


 汚れが少ない服があったので水で洗えば何とかなるだろうと思ったからだ。


「飼育場にあるよ。でもそこで流さないでおくれね。家畜がどんな病原菌にやられるか、知れたものじゃない」


 女は答えた。


「ああ、桶を借りるだけだ。川で汲んでくるさ」


 ズデンカはそう言って、飼育場に入った。


 悪い予感は当たった。


 カミーユがレギナに向かい合って立っていたのだ。

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