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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十九話 雌豚(3)

「おい、待てよ!」


 ズデンカは後を追う。勝手に人殺しをされてはかなわない。


 カミーユの足は早かった。人間に合わせた歩き方ではとても間に合わない。


 ズデンカは速度を早めた。


 カミーユに並ぶ。


「ズデンカさん、楽しくないですか? この世界はこんなにも物語に満ちている」


 極めて明るい声だった。


「なぜ、あんなことをした」


 ズデンカは睨んだ。


「なぜって? 面白そうだったからですよ」


 カミーユは目を輝かせ始めた。


 ズデンカは理解できなかった。ルナも理解できないという意味では変わりないのかも知れないが、カミーユの理解できなさは底無し沼のようだ。


「さあ、ズデンカさん、次なる物語が待ってますよ!」


 カミーユが目指す先には、小さな女の子が歩いていた。


 しかし、手に持つ縄には黒くて小さな豚が繋がれていた。


「とは言え、私はヴィトカツイ語が話せないんですよね。だからズデンカさん通訳をお願いします」


 カミーユは無茶振りをした。


 ズデンカは生国に近いのでヴィトカツイ語は当然話せる。ルナのように何ヶ国語も使える人間は珍しいのだ。


「お前は……何者だ?」


 怯えを見せる少女の顔を見詰めながら、ズデンカは訊いた。


「レギナ」


 と少女は答えた。震えているようだった。幼くあっても大人の――特に男に対して嫌な記憶を持ち拒否する者はいる。カミーユにしても、昔父親に虐待された記憶を話していたはずだ。


 眼の前の少女の恐怖が嫌な記憶からきているのか、それとも生来の気質からきているのか、よくはわからないにしても。


 いくら同性だとして、肌の色が異なり、身長の高いズデンカのなりはどこか威圧感を覚えさせるものがあるのだろう。


 ショックではあったが、同時に多くの命を殺めてきた自分には相応しい扱いのように思われた。


――カミーユの手持ちに汚れてるが、あいつは特殊だ……ヴィトカツイ語が出来れば、手懐けられるかもしれないが……。


 今のカミーユには決してレギナと呼ばれた少女を二人にさせたくはない気がした。


「レギナか。あたしらは旅のものだ。何でこんなところで独りでいる?」


 まだ朝方だ。少女独りの歩行は珍しいように思われた。


「ドロタの散歩なの」


 レギナは答えた。


「ドロタ?」


 少女は豚を指差した。


「なるほど、そいつは雌豚か」


 ズデンカは納得した。きっと農家の娘かなにかなのだろう。このあたりは緑も多いし、豚を飼っていてもおかしくはない。


「そんなに歩く必要はない、あたしらの連れと会ってくれないか?」


 ルナと早く会わせるに限ると思われた。言語の壁もあるのでカミーユが何かやる危険性はないように思われたが、それでも胸騒ぎがした。


「うん」


 レギナは震えてはいたが頷いた。


 まるでかどわかすかのようだと、ズデンカは内心苦笑した。


「来い」


 ズデンカはレギナを先に歩かせその後ろを固めた。カミーユはそれを見て何も言わず尾いてくる。


「おーい!」


 ルナは向こうで手を振っていた。少し元気を取り戻したようだ。


「向こうでこいつと会ったので連れてきた。何か話を持っているかもしれないぞ」


 ズデンカは言った。


「それは気が効くね! 名前はなんて仰るのでしょう?」


 ルナはレギナにお辞儀をして訊いた。


「レギナというらしい」


 ズデンカが代わりに答えた。

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