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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十九話 雌豚(1)

――ヴィトカツイ王国中部


 

前を歩く綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツの肩先が震えていることにメイド兼従者兼馭者だが今は徒歩の吸血鬼ヴルダラクズデンカは気付いた。


「ルナ」


 ズデンカは近付いた。


「さっきはお前のお株がカミーユに奪われちまったな。今度こそ、良い話を集めようぜ!」


 出来る限り元気に笑顔を見せながら、ズデンカは言った。


 あまり、こういうことには慣れていない。


 さきほどまで一行はある人物が運転するバンに乗せて貰っていた。ところが、普段は誰彼となしに話を訊きたがるルナよりも先にナイフ投げのカミーユ・ボレルが訊き出してしまった。


 しかも、カミーユはその人物の話をまるで面白くないと否定し、殺人物語に変えてしまった。


 そう、『変え』てしまったのだ。


 今までルナが人から物語を訊いて、相手が話したくない裏の部分まで見抜く、ということはよくあった。


 だが、カミーユの行いはそれとは明らかに違う。


 バンの運転手の話は明らかに感動的なものだった。ひねりはないかも知れないが、巷で溢れている物語なんて、そんなものだろう。


ルナはそれすらも面白がるが。


カミーユは意図して物語を『変え』た。


 事実を強引にねじ曲げた。


 カミーユがしきりに繰っていたトランプのカードが、何か関係しているに違いない。


ズデンカはあのカミーユの周りに羊の骨の頭を持つ化け物が浮かんでいるのを見た。


――他のやつは騒がなかったので、たぶん見なかったのだろう。


 闇の力に生かされている存在のみが感知出来るのかも知れない。


 ならあの化け物――カミーユはヴェサリウスと呼んでいた――も闇の眷属に違いない。


しかし、カミーユは感知出来るようだった。


 幽霊、あるいはそれに近いもの。


霊ならズデンカも過去何度か見たことがあったが、それとはどうも違うようだ。


――妖精。


 妖精と言えば可憐な姿ばかりを連想するかも知れないが、それは間違いだ。


 邪悪でおどろおどろしい姿をしたものもいる。人間の魂を欲しがっているという話もズデンカは読んだ記憶があった。


 どのような手段を用いているのか知らないが、カミーユは妖精を使役することができるのだろう。


 そうでなければ今眼の前で起こった異様な出来事の説明は付かないのだった。


「うん……そうしたいね」


 ルナは俯いた。


「あまり、車内でのことは考えないほうがいい」


ズデンカは声を落とした。


「さーて、また汽車かー! 身体の手入れ、ちゃんとしとかなきゃなー!」


 カミーユは誰に言うともなく呟きながら、ルナとズデンカの横を通過した。


 その片眼が鋭く自分を見ていることに、ズデンカは気付いた。


――まるで少しでもルナに自分のことを話したら、何かやらかすとでも言っているかのようだ。


「汽車かあ、ボクはあんまり遠慮したいけどな」


 自称反救世主の大蟻喰はあまり乗り気ではないようだった。


 夜だけ虎に変身するバルトロメウスは先ほどまで来ていた雨合羽を綺麗にたたみ込んで傍を歩いていた。


「一緒に旅したほうがいいだろうが」


 ズデンカは言った。これはもちろん嘘だ。何が起こるか分からないルナの旅の護衛は出来るだけ多い方がいいから大蟻喰にはしばらくいて貰った方がいい。

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