第七十八話 見知らぬ人の鏡(15)
メアリーは片手だけナイフをひっこめて、もう片手で鏡と切り結びながら、フランツを運んでいく。
吸血鬼ズデンカやカミーユ・ボレルとの戦いでも感じたが、想像を超える俊敏さだ。しかし、両者の強さはメアリーを遙かに上回っていた。
――とんだ化け物だ。俺が勝てる訳もない。 フランツは自嘲した。
二人は先ほどいた家に入った。
やっと手が離された。フランツの身体のあちこちには擦り傷や打撲が出来ていた。
しかし、かまっては入られなかった。
メアリーは厳重に鍵を掛け、フランツに手伝わせて家具を運ばせ、幾ら鏡が飛んできても開かないようにした。
裏口の扉があるが、鏡はそこまで頭が回らないらしくすぐには室内に踊り込んでこない。
「さて、打開策を考えましょう。もちろん、オドラデクさんの指示の元で。あんまりゆっくりとはしていられません。鏡はすぐにやってくるでしょう」
フランツは二階へ上がった。
「ぷふぁああああぁあ」
オドラデクは退廃的な表情を浮かべながら葉巻をまだ吹かしていた。
「おいお前、皆戦ってるんだぞ! 今日に限って何でそんなにやる気がない? 普段ならもうちょっとは協力的なはずだろ?」
フランツは迫った。
「頑張りたくない気持ちなんですよぉ。ぷはぁああああ」
オドラデクはフランツの顔に煙を吹きかけた。
「ごほっ! ごほっ! 貴様!」
フランツはむせ返った。
「たぶんこの村にはぼくのあっちの世界の知り合いがやって来ているに違いないんです。ぼくはそいつが嫌いです。会いたくない。だから出ないことにしてるんですよ」
とうとうオドラデクは白状した。
鏡を操っているのもそのオドラデクの『知り合い』に違いない。
「そうはいかない。お前じゃないと今度の相手は撃退できないんだ。いくら物理的に倒しても倒しても次々と湧きだしてくる」
「ぷはああああ。そうなんですかぁ? いいじゃないですか。フランツさんはあのクソ女と仲よさそうで。二人だけで戦ったらどうです?」
――こいつ、やはり戦いを見ていたな。
オドラデクは残していった自分の糸から情報を得ることが出来る。
「……お願いだ。頼む。お前がいなければ俺はここで死ぬ。そしたらスワスティカを狩ることもできない。お前しか頼れないんだ……」
フランツは懇願した。もう、恥も外聞もない。
「ふむ」
オドラデクはムックリと半身を起こした。
「ぼくは本当にあいつと会いたくないんですよ。でも、フランツさんがそこまでいうなら助けて上げないこともない。何回も撲られましたけど、それは水に流しましょう。ぼくは寛大ですからね。えっへん」
オドラデクが単純で助かった。
意気揚々と下の階まで降りていく。
「来ましたね。さあいきましょう」
「ふん、お前の指図なんぞ受けませんよ! ぼくの手にかかったらあんな鏡なんてイチコロですよ!」
オドラデクは拳を振り上げた。
「それは頼もしい!」
メアリーは手を叩いた。
オドラデクは怪力を振るって扉を押さえていた家具を全部取りのけると、外へと勢いよく飛び出していく。
無数の飛びかかってくる鏡を前にオドラデクは全身をばらけさせて糸にした。




