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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九話 人魚の沈黙(10)いちゃこらタイム

 またも夜汽車だった。


 フランツは何も言わず乗っていた。


 やはり、枕木に車輪が軋む音しかしない。車窓には街の灯りすらほとんどみられない。しばらくずっとこんな眺めだろう。


 だが、何時間もそうしているうちに、


「俺が言いたいことは」


 自然と言葉が口から漏れる。


「ケートヒェンさんについて、ですよね」


 鞘の中に収まったオドラデクはフランツの言いたいことを理解しているらしい。


「ルナ・ペルッツは昔言った。かなり年の離れた妻を娶る男は、女を飼い慣らしているのだと」


「ルナ、ルナって彼女はあなたの先生かなんかですか? 言ったことが外れる場合だってあるでしょう」


「少なくともケートヒェンは自分はグルムバッハのことが好きで、他人から指図されたくないと言った」


 フランツは膝上で両の指を合わせた。


「一理あるでしょうね。本人が言っているんだから、正しいと考えた方がいい」

「だから、俺は悩む」



「悩まなくて良いでしょう。どうせグルムバッハは罪人なので。本人も死を望んでいたようですよ」


「ケートヒェンは罪人ではない」


「かもしれません。でも、彼女の意志ではなく、グルムバッハにそう思わされていただけ、と言う可能性だってあるでしょう。とにかく、彼女は広い世界を見ていない。われわれと違ってね」


 フランツは黙った。


「ちょっと、鞘抜いてくれません?」


 フランツは言葉を返さずに従った。


 フランツの周りをくるくると周りながらオドラデクは宙を浮いた。


 それが勢いよく糸をフランツの前の席へ集めて、人のかたちになった。


 青い瞳の青年がフランツを見ていた。髪の色はオドラデクを織りなす様々な糸と同じだった。


「わざわざその姿にならなくて良いぞ」


 さんざん見飽きているフランツは目を閉じた。オドラデクは女にも少年にも何でも望むものに姿を変えることが出来る。


――こいつだけでグルムバッハを始末させてもよかったかもな。


 そんなことをフランツは考えた。


「寂しそうなんで相乗りの相手になってあげようと思ったんですよ」


「いらん」


 フランツは短く言った。


「あなたもずいぶん素直じゃない人ですからね」


「寂しいとしてお前に埋め合わせが出来るとは思わん」


「あ、やっぱり寂しいんですね。分かってますよ。もう長い付き合いですから」


 ニヤニヤと笑いながらフランツの肩を叩くオドラデク。


「……」


 相変わらず黙りこくるフランツ。


「こうやって人間の姿で汽車に乗るのもいいなぁ。車掌さんが入って来ちゃったらどうしましょう。ぼく切符持ってないんですけど。殺します?」


「騒ぎを起こすな。さっきも言ったぞ」


 フランツは少し厳しく言った。


「冗談ですってば。それに車掌さんもう行っちゃいましたよ。覚えてないんですか」


 フランツは答えなかった。


「話が一方通行ですよ。ほんとーに頑固な人ですね」


 オドラデクはフランツの傍に坐って肩を回した。フランツは嫌そうにそれをはねのけた。


「だから友達少ないんですよ、フランツさんは!」


 オドラデクはカラカラと笑った。糸巻きのような姿をしている時と全く変わらない笑い方だった。


「だいたい人ですらないだろお前は」


 フランツはうるさそうだった。


「友達は人間である必要ってないじゃないですか。犬や猫だけ仲が良い人もいる」


「人間の友達とは別だ」

「なるほどね。じゃあこれならどうです?」


 とオドラデクは両手を顔を隠し、またさっと手を退けた。


 女に変わっていた。


「やめとけ」


 フランツは口に少し苦笑いが浮かんでいた。


「異性の友達が多い方ですね。フランツさんには」


「そんな話したか?」


「しましたよ。ルナさんとかね」


「何が知りたいんだ?」


 フランツはため息を吐いた。


「男と女の間で友情は成り立つのか、的な凡庸な問いですよ」


 ニヤリと満面の笑みを浮かべてオドラデクは言った。


「いい加減にしろ」


 フランツは空の刀身を向けて中に入るよう促した。


「まだ戻りません」


 オドラデクは真っ暗な車窓を見つめていた。

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