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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十八話 見知らぬ人の鏡(13)

 フランツは腹が立った。


「剥がしてくれ!」


「やれやれ、仕方ないなあ。それじゃあ、ゆっくりやってあげましょうかねえ」


 オドラデクはのろのろと動き始めた。


「早く! 早く!」


 既に肩先まで鏡のなかに消えていた。このままでは頭まで飲まれてしまう。


「ふぁいふぁい!」


 オドラデクはソファに仰向けに横たわって、いつぞや入手した残りの葉巻をゆっくり楽しみ始めていた。


「オドラデク」


 また窓から入ってきたファキイルがオドラデクを睨んだ。


 物凄くい怖い顔だ。


 前にも一度見せたことがある。


「ひいっ! わかりましたああああああ!」


 オドラデクは立ち上がってフランツへ駈け寄り、己の身体をばらけさせると鏡のなかへと入っていった。


 やがてすぽんと音がすると、鏡は裏向きになって床に転げ落ち、その中からオドラデクが傍に立っていた。


「やれやれ、重労働でしたよ。これ以上吸い込まれていたらフランツさんはあちらの世界の人間になってたです、はい」


 オドラデクは明らかに棒読みで説明した。


「戻れないところだったじゃねえか!」


 フランツはオドラデクを思いっきり撲った。


「いでっ! まだなぐられだあ!」


「お前は幾らでも行き来できるからいいかもしれないが、俺は行ったらそれっきりだぞ! わかってるのか!」


 フランツはまくし立てた。


 そして、荒い息を吐きながら深呼吸をして、なんとか己をなだめようとした。


 フランツは鏡に頭まで食われ掛けて、一瞬だけだが死にたくないと思っていた。


 まだ、自分にそんな気持ちが残っていたのかと不思議に思う。


――逆に、俺はこいつに感謝すべきなのかもしれん。猟人として全てを捨てるつもりでいたが、本当はまだ捨て切れていなかったってことだからな。


「もういい。さっさとこいつを処分するぞ」


 フランツは動くことにした。


 鏡を引っ繰りかえして、毛布を被せようとしたその瞬間、鏡の向こう側に人の影が見えた。


 フランツは驚愕した。


 自分に少し似ている顔立ちだったからだ。だが、どこかが違う。普段、鏡の前で髭を剃るときに確認するもの以上に、それはどこか変だった。


 具体的にどこがどうだと指摘出来るだけの言葉をフランツは用意できなかった。


 見知らぬ人の顔立ちだった。


――鏡のなかの世界にはもしかしたら俺に似たやつが暮らしているのかも知れない。そして、オドラデクはそいつと知り合いなのかもしれない。


 自由に出入りできるなら、顔を知っているのはほぼ間違いないことだ。意図的にぼやかしているのだろう。


 また腹が立ってきた。


 毛布を被せて、床に叩き付けて鏡を粉々にしてもモヤモヤとして気持ちは少しも晴れなかった。


「フランツ、外ではメアリーたちが鏡と戦っている」


 ファキイルはフランツが落ち着いたと見て取ったのか話し掛けてきた。


「わかった。すぐ支援に向かおう」


 メアリーはどうなっても別によかった(いや、ほんとに良いのか?)がニコラスは心配だった。


 階段を降りて外へ向かうと闇のなかには確かに刃の燦めきが見えた。


 無数の光がキラキラ輝いているから、目印になる。


 メアリーとニコラスの周りを、宙を浮かぶ鏡の大軍が犇めいていた。

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