第七十八話 見知らぬ人の鏡(7)
「待て!」
フランツも後を追った。
――結局、やつの言う通りになるだろう。
と言う、諦めの気持ちを抱きながら。
村の中央部にあるやや大きめの翼を幾つもある屋敷へとオドラデクは入って行った。
鍵は掛かってないようだ。
「フランツさん、フランツさん! さあ、さあ!」
フランツもいつしか小走りとなり、息せき切って屋敷に駆け込んでいった。
なかは暗かった。
まだ朝も早いし、空模様が若干悪くなり始めているのも関係あるのだろう。
蝋燭は一つもついておらず、絨毯の色ですら見わけ難かった。
「おい、オドラデク! 先へ行くな!」
フランツは叫んだ。
まず、合流しないことには探すのは難しそうだったからだ。
「ちゃんと、灯りは点けましょう」
フランツの後ろで、ぱっとライターを灯すメアリー。いつの間にか屋敷に入っていたようだ。
「驚かせるな!」
フランツは思わず叫んでいた。
「ふふ。そこまで叫ぶこともないでしょう」
メアリーの顔が灯りを受けて半ば輝いた。
フランツは取り乱してしまった自分が恥ずかしくなった。
「ライターなんか持っているのか、お前は吸うのか?」
「いいえ」
「じゃあなんで持ってるんだ」
「変にこだわりますね。単に旅先では使い勝手が良いからですよ」
「いや……」
フランツは視線を背けた。ルナのことを思い出したからだ、などとは言えない。
「さては……まあいいでしょう。それよりオドラデクさんを探しますよ」
二人は固まって動いた。
メアリーの息が背中にかかる。異性とくっついて歩くのはどぎまぎする。
「蝋燭を探して灯りを点けろよ」
フランツは言った。
「そういう手がありましたね」
やっと階段に足が届くあたりで、やっとメアリーは離れて灯りを点けて回った。
すっかり室内は明るくなった。
「オドラデク、オドラデク!」
動き回れるようになるとフランツは階段を駆け上がり、大声を張り上げながら扉を一つ一つ開けていった。
「あいつも消えたんじゃないだろうな?」
だが、ある一つの部屋の前でフランツは立ち尽くした。
奥の壁には鏡が掛かっていた。
オドラデクはおそるおそるそのなかを覗き込もうとしていた。
「何やってるんだ!」
「うわっ! ひゃひゃああ!」
オドラデクは奇声を上げて飛び跳ねた。
「アホだろ」
先ほどはメアリーに驚かされたフランツだが、今度は呆れるばかりだった。
「まったくもお! フランツさん、なに脅かしてくれちゃってるんですか!」
「この鏡と人の失踪と何か変わりがあるんだろ」
さすがのフランツでもそれぐらいは気付くことが出来た。
「まあ……ですね……ちょっと、その、あの……」
オドラデクは妙に口ごもった。
「何だ? 言いづらいことがあるのか」
「はい……この鏡ってつまり……その……ごにょごにょ」
オドラデクは煮え切らない。
「今さら隠しごとか」
「興味深い」
メアリーも近付いて来た。
「お前なんかに話すわけないじゃないですか! この鏡はあ!」
オドラデクは鏡を壁から外し伏せた。なんとしても調べさせないつもりのようだ。
「オドラデクさんは人ならざるものですよね。なら、ひょっとするとその鏡はオドラデクさん本人と何らかの繋がりを持っているのかも知れない」
メアリーは察しが良い。




