第七十八話 見知らぬ人の鏡(6)
メアリーはこう言う時に限って鈍感なのか何も言ってこようとしない。
――揶揄われるのを覚悟したが。
おかげでフランツは歩みを進めることが出来た。
足を踏み外しそうになったが、何とか踏み留まる。この程度猟人にとっては大したことがない。
「ニコラス、気を付けろよ」
フランツは重い荷物を必死に背負って歩くニコラスに言った。
「わかってる。前みたいなことには絶対にならない」
ニコラスは暗い顔付きをしていた。
フランツもこれ以上は何も声を掛ける事が出来なかった。
ゴルダヴァ北西部ヌシッチ――
昼も大分経ってから辿り着いたヌシッチは小さな村落だった。
一行は遠く離れた高台から、見おろしていた。
「早速、降りてみましょうかねぇ!」
オドラデクは元気いっぱいだ。
足をグルグル高速で回転させながら眼にも止まらぬ速さで駈け降りていった。
こう言う時偵察役としてオドラデクはとても優秀なのだ。
そして即座にグルグルしながら戻ってきた。
顔が青ざめ、泡を食っている。
「フランツさん! フランツさん!」
「どうした」
そのオーバーなリアクションに多少うんざりしながらもフランツは訊いた。
「人がいないんです! 人っ子一人!」
「ちゃんと確かめたのか」
「一戸一戸開けて回りましたよ! 鍵も掛かってない!」
「村ならそういうことはあるだろ。皆で今の時期の祭りに出てるとか」
フランツはまだ信じなかった。不思議なことは多くあるとは言え、まさか村の住人が一人残らず消えているとは。
過去にはオドラデクが同出も良いことで大騒ぎをした例が何度かあった。
「全部見ましたよ!」
オドラデクは必死だった。
「とにかく、行ってみましょうよ。シュルツさん」
メアリーが擁護した。
オドラデクは即座に嫌そうな顔になったが、
「まあ、ぼくについてきてください!」
と言って、また足をグルグル回転させて降りていった。
フランツ一行も下りの道に注意しながら降りていく。
「さ、ここ、開けてみてくださいよ!」
オドラデクは一見の扉を指差しながら差し招く。
フランツはおそるおそる開けた。
室内はもぬけの殻だった。
ギー、ギー。
木で出来た扉が軋る音が響くだけだ。
「たしかに、いないな」
「そうでしょう、そうでしょう! 何か起こったんですよ!」
オドラデクは自信満々だった。
「起こったとして俺たちには解き明かす義務などない」
フランツは冷たく言った。だがこれは単なる事実だった。
目的はヌシッチではなく、そこを越えてヴィトカツイに入国することだ。
単なる通過点にしか過ぎない場所から、人間がごっそりいなくなっていたとして、なんだと言うのだろう。
「さあ、出るぞ」
フランツは歩き出した。
「でもぉ、あの家も、この家も、誰もいないんですよぉ!」
「いい機会じゃないですか。必要なものがあれば頂いていけばいい」
メアリーが眼を細めて辺りを見回していた。
「止めておけ。本当に消えたわけではないかもしれない」
「ぼくの早とちりだって言うんですかぁ!」
オドラデクはまた怒り始めた。
「そうは言っていない。変に関わってややこしいことにならないように言っている」
「ふんだ! 絶対にぼくが突きとめてやる!」
オドラデクはまたまた猛ダッシュで家の外へ飛び出した。




