第七十七話 鷹(6)
「もちろん、ぜひとも頂いてまいります! しかし重さの方は……」
せっかくの拾得物を重くて持っていけなかったのなんて悲劇だ。
「だいじょうぶ。シュトロハイムに持たせてみたら意外に軽かったの。二人がかりならお車まで持ち運べることでしょう」
老婦人は微笑んだ。
「それはよかった!」
俺はシュトロハイムと呼ばれた老執事と共に、鷲の剥製を部屋の外へと運び出した。言われた通り、確かに重さはそれほど感じなかった。
「奥様はご主人を亡くされてから、深く悲しみの中に沈み込んでおられます」
長い廊下を大分歩いたところで、シュトロハイムが言った。
老婦人の旦那のことなんぞ、俺は何も知らない。
「はあ……そうですか」
と応じるぐらいしか出来なかった。
「長い間……そう、六十年近く一緒に過ごされてきましたからね。私も同じぐらい長いことお仕えしてきました」
正直この執事の来歴など何の興味もない。六十年と言えばまだスワスティカすら出来るずっと前だ。当然俺も生まれていない。
そんな頃から暮らしてきたのかと考えると感慨深いものがあったが……。
「子供が生まれなかったというのは本当なのですか?」
「いえ……実は……」
シュトロハイムはあたりの様子をうかがっていた。老婦人が耳を澄ませていな
いかどうか確認しているのだろう。
「ここでは話しづらいことでしょうか?」
「奥様の前では話せませんね」
「では家の前で」
俺も流石に興味が惹かれた。玄関を抜けて屋敷の前に戻りバンの扉を開けて閉める。
今お前らが坐っている場所でシュトロハイムは話をした。
「ご夫婦の間にはお子様がいました。男の子でした」
やはりか。俺は頷いた。というか、話しづらいとなるとそれしか考えられないだろ?
「死んだんですか?」
俺は訊いた。
「それが……よくわからないのです。どこかに里子に出してしまったらしい……のですが私が偶然兵役に取られている時にあった話なので……」
「そりゃあ謎ですなあ」
俺は考え込んでしまった。そもそも、なぜ里子に出したのかよくわからない。待望の男子なのに。
「今頃生きていたら……そうですね。あなたと同じぐらいにはなっていたことでしょう……」
シュトロハイムは俺の顔を見詰めた。
背筋がゾッとした。
確かに俺はヴィトカツイの孤児院で育っており、親の顔は知らない。とくに気にもならずこれまでずっと生きてきていたのだが……。
「冗談言わんでくださいよ」
「しかし、どこで捨てたものかわからない以上、あなたの可能性はあります。実際奥様があそこまで胸襟を開いた来訪者はそういないのです」
「偶然がそううまく重なることなんてありませんよ」
しかし、口では否定したがどこか周りの風景に懐かしいものを感じ始めていた。
どこかで、見たような……。
「何で鷹の剥製なんですか? それは息子さんと関係しているのですか?」
俺は言った。少しでも手掛かりを探そうと思って。
「あの子は鷹が好きだった、みたいなことを奥様はずっと仰っていました」
シュトロハイムが目を瞑る。
俺はだんだん気になってきた。
あの老婦人の顔が懐かしく浮かんでくる。
「俺、もう一度挨拶をしてこようと思います」
俺は急いでバンを飛び出して家の中に上がり込んだ。




