第七十七話 鷹(2)
「いい車を見付けて乗せて貰っても良いんじゃないですか? ゆっくり話も出来るでしょう。馬車だって、広いやつならありでしょう。それにどうしても見つからないなら……ねえ?」
カミーユはズデンカに言外に車を掠奪することを示唆した。人を殺してでも奪い取りそうだ。
「いや、歩きでいい。あたしはルナを甘やかし過ぎた。お前も気を使わないでいいぞ」
「ふーん、そうなんですかー」
カミーユをそっぽを向いた。
――あれは、獲物を探そうとする眼だ。
「おい、メルキオールもなんとか言え!」
「僕ですか?」
鼠はズデンカの肩の上で首を傾げた。
「少し、まずいことがあってな。ルナをこの町では泊まらせたくない」
ズデンカはルナから少し離れて、囁き声で言った。
流石にルナにもカミーユにも訊かれていないようだ。
「へー、ズデンカさんでもまずいと思うことがあるんですか?」
メルキオールはふざけながら、しかし空気を読んで小声で返した。
「ああ、だがすぐには説明できない。ここはとりあえず、ルナの申し出を断ってくれればいい」
「はいはい、わかりましたよ。ズデンカさんがルナさんに伝えてくださいね」
「おい、ルナ、メルキオールと相談したんだが、話はここではしたくないってことだぞ」
ズデンカは芝居がかった調子で言いはしなかったかと心配になった。
「えー、なんでー?」
ルナは露骨に不満そうだった。
「メルキオールがそう言うんだから仕方ねえだろ。さあ進んだ進んだ!」
ズデンカは大声を上げた。
だが、カミーユは上の空で周囲の車を物色し始めていた。
――こいつには何を言っても無駄そうだ。
「あのー」
そう思うが早いかカミーユはいきなり走り出して、車道側を走る大きなバンに声を掛けた。
「どうした?」
気性の荒そうな男が車窓から顔を出した。
「夜分すみません。実は私たち、ゴルダヴァから来たんですけど、向こうで戦争……? が起こっちゃって泣く泣く引き返してきたんです。鉄道が通っている街まで行きたいんですけど、このあたりではまだ止まっていて……乗せていってくれませんか?」
「いいが、お嬢ちゃん一人……じゃないようだな」
「ええ、他に五人います」
人ならざる者もいるが、ぱっと見でわかる人数をカミーユは言った。
――前のこいつなら、ここまで臆することなく嘘を交えてベラベラと説明できないはずだ。
ズデンカは少し離れて歩いていたバルトロメウスと大蟻喰の一行へと目を向けた。
夜は虎の身体に変わってしまうバルトロメウスは深く帽子を被りマスクをしている。獣人が珍しいかそうでないかは地域によって全く異なるので、念には念を入れていると言うわけだろう。
「それぐらいなら乗せられるぜ。駄賃はいらねえよ」
強面の見掛けとは別に男は親切そうだった。
「ありがとうございます」
カミーユはぺこりと礼をした。
女が一人で旅をしていて、男の車に乗るなどという話を耳にしたら、ズデンカは絶対に反対する。
しかし、幸い今はカミーユの一人旅ではない。ここにいる五人の力があれば、どんなに兇暴な本性を隠した男であれ制圧することは用意だろう。
――むしろカミーユは……。
男を殺して車を奪おうとしているのではないかと焦ったズデンカは急いで車へと近付いた。




