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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十六話 夏の葬列(15)

「さっそく読み上げてみましょうね」


 カミーユの顔が夕焼けを浴びて、どす黒い血を浴びたように輝いた。


「ちょっと待て、ここで読むのか?」


 ズデンカは少し警戒した。カミーユの人格もそうだが、ここにはダルコもいる。


 遺書に犯人だと書かれていた場合、妙な行動を起こされては困る。もちろん、ダルコはこのなかの誰よりも弱いかもしれないが、街で影響力も強いだろう年長者の殺してしまえばキシュを離れなければならなくなる。


「良いじゃないですか? ズデンカさん、何か心配事でも?」


「いや、別にねえけどよ」


――まあ、ダルコが暴れたら拘束すればいいか。ルナやカミーユより早く動かないといけねえ。


 大蟻喰が来ていなかったことに感謝した。ズデンカと同じ程度には動けるので、食い止めるのが難しい。


「じゃあ、始めますね。って言ってもそこまで長いものじゃないですけど」


 カミーユは遺書を開いた。


「私はこの街に殺されます。誰も助けになってくれません。とても、酷いことばかりいわれます。例えばダルコはことあるごとに私をいびります。顔を合わせば何か嫌なことを囁かれます。私がこんな顔になったから? いえ、その前からずっとずっとです」


「なんだと!」


ダルコは顔を真っ赤にして両腕を茜空に突き出した。


「嘘っぱちを並べ立てているのだろう。まさかゾフィアが儂にそんなことを言うはずがない!」


 近付いて遺書をひったくろうとする。


 カミーユは巧みな動きでそれを避け、後ろへと下がった。


「まあまあ、カミーユは多分生まれて一度もキシュの町には来たことがないですよ」


 ルナが巧みに取りなした。


「それに……人は表面だけ見せるより意外と多くのことを考えているものです。ゾフィアさんにそういう一面があったってことでいいではないですか」


「私をこのような顔にしたボシュコも、デヤンも誰に本当に私のことを考えてくれませんでした。ただ私の顔が綺麗だから、なんとしてもそれを手に入れてやろうとしたのです。私は誰も好きではないのに。女たちも私に同情してくれません。私は被害者なのに口を揃えて自業自得だと言われました。同情してくれそうな友達は、みんな早くにこんな町を出て行ってしまいました。私だけがここに残されています。でも、私は自分の力で生きていけるだけの強さもありませんし、こんな顔になっては誰かのお嫁さんにもなれません。だから、私は死にます……ご両親のことは一行もないですね」


カミーユは読むのを止めた。


「黒幕がわかったね。みんな、いや、この街、の冷たさそのものだ。パチパチ」


 ルナが手を叩いた。


「結局、弱いやつだったな」


 ズデンカは言った。


 努力もしない人間は好きになれなかった。確かに顔がないというのは大きなハンデにはなろう。


 だが……。


「足掻きようだって、あっただろうによ」


「誰もが君みたいに強い訳じゃないさ。弱い者が弱いままで生きられる世界だったらどんなに幸せか。でも、そんな世界はやってこないかもしれない」


 ルナはパイプから煙を吐いた。


「もうお帰りください」


 ダルコは顔を歪めながら言った。


「はい。それではお別れです。そうそう、わたしは面白い綺譚おはなしを求めて各地を旅しているのですが、ダルコさんなら何かご存じなのでは? ぜひぜひ」


「結構です」


 唇を引き攣らせてダルコは答える。


「残念。それなら、さよならです。ステラたちを迎えに一度はゾフィアさんの家に寄らせていただきますけどね」


 まだ夜までには少しだけ間がある。ズデンカは急いで検問を抜けようと考えた。


 カミーユは薄笑いを浮かべるままだ。


 ズデンカは深くため息を吐いた。

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