第七十六話 夏の葬列(11)
「あなたにとってゾフィアさんは何だったんですか?」
ルナはそこら辺にあった椅子にどっかと腰を掛けながら訊いた。
「ゾフィアは……まあなんつうか幼なじみだ」
「なるほど。そう考えるとさきほど仰ったいくら不幸になろうが構わないというのは剣呑ですね」
「まあ、いろいろあったんだ」
デヤンはさらに表情を歪めた。
「いろいろってのは、つまり色恋沙汰ですね」
ルナがシンプルに要約した。
「ゾフィアは俺の思いに答えてくれなかった」
デヤンは項垂れる。
「そういうことって得てしてよくあるじゃないですか。いざ想いを伝えれば、いや伝える前だって、相手にとって自分はなんでもなかったんだってことがわかってしまう、そんな瞬間は。結局相手を責めても始まらない。恋愛なんてそんなものですよ。そもそもあなたは、ゾフィアさんがどんな方か、よく知っていたんですか? 例えば、あなた以外に好きな人は誰かとか」
ルナは優しいような辛辣なようなよく分からない口調で諭した。
「知らない」
デヤンは答えた。あまり多弁を弄しない人間ではあるようだ。
ある意味わかりやすいが口舌の徒であるルナとは相性が悪いのは言うまでもない。
「結局その程度の理解、だったってことですよ。他人のことなど知り得ない以上、拒絶されたなら素直に受け止めるべきです。そもそも色恋なんて誰もがするわけじゃない……わたしは大好きですけどね」
とルナはなぜか隣で立っていたズデンカを見上げた。
――見るなよ。
ズデンカは腕を組みたくなったが、激昂したデヤンがルナに撲り掛かってくるかも知れなかったので出来なかった。
「恋愛なんてしないで終わる人間だって世の中にはたくさんいるし、別にそれは恥ずかしいことじゃないんですよ。ゾフィアさんがあなたを選ばなかったからといって、他の誰かを選ぶとも限らない。誰も選ばないかもしれないし、選んだとしてその相手に嫉妬しても時間の無駄でしょう」
だが、ルナの長広舌で、デヤンの怒りは薄れたようだった。世の中には自分と全く考え方が違う人間もいるのだ
「……まあそうか」
「良かった。あなたはゾフィアさんに何もやってないですね」
「やってねえよ」
デヤンは静かに言って顔を背けた。
「では何か……ゾフィアさんの死の前後に起こった出来事はありませんか?」
ルナは話を続けた。
本来はここが聞きたかったに違いない。
ズデンカもデヤンの言動を見てすぐにこいつは犯人ではないとわかっていたのでルナは何を長く喋っているのだと思っていた。
「ボシュコが死んだ。ゾフィアが死ぬ一週間ほど前のことだった」
「なるほど、夏の葬列は二つあったんですね」
ルナはポンと手を叩いた。
「ところで、ボシュコさんって何方なんですか?」
ルナがするべき質問をカミーユがした。
「ボシュコも俺と同じようにゾフィアに求婚してた。陰気な奴だった。事件が起こった日も居酒屋にはいなかった」
「なるほど、それは一番最初に疑われそうな人物ですね。なぜ捕まらなかったんですか?」
ルナが訊いた。
「証拠が何もなかったんだ。硫酸の瓶すら見つからなかった」
「疑わしいやつは犯人ではないってのは小説では常套だが……」
ズデンカは呟いた。
「現実の事件はそうではない場合もあるよ」
ルナは片目をつぶった。




